約束。金曜。夜。加波子のアパート。

 亮は来ない。ずっと待つ加波子。ひとりベッドの上で。不安との闘い。恐怖との闘い。悪い予感しかしなかった。頭を抱え、何かを待つ加波子。

 夜明け前。ドン、ドン、と、強い音がアパートに響く。その足音の間隔はやけに長い。

 亮だ。加波子はすぐに玄関のドアを開ける。そこには壁に寄りかかった亮がいた。夜明け前。暗いとはいえ、はっきりわかる亮の顔色。白に近い青白い色。加波子はすぐに亮に寄り添う。

「亮?しっかりして…。」

 亮を部屋に入れる。亮は真っ直ぐ歩けない。自力で歩くのが精一杯だった。加波子は亮を支え、布団に寝かせる。加波子が布団を掛けようとした、その時。亮は加波子の腕を強く掴む。どこにその力が残っていたのかと思うほど強く。

「…そばにいてくれ…。」

 喉の奥からやっとの思いで出たような声。加波子は涙を我慢する。亮をやさしく見つめ、やさしく言う。

「そばにいる…そばにいるから、大丈夫。安心して、亮…。」

 加波子も布団に入り、亮をやさしく抱きしめる。小さな体で抱きしめる。それしかできなかった。亮はそのまま眠りにつく。その寝顔を、加波子はずっと見ていた。

 後日、加波子は航に報告した。

「相手はいつ何をどうやってくるかわからねぇ奴等だからな…。いいか、何かあったら、何でもいい、何かあったらすぐに警察に連絡しろ。」
「警察…。」
「オレらには限度がある。あとは警察しかない。いいな。」

 航の言葉はいつも全て胸に突き刺さる。でも全て現実。航の言うことはいつも正しい。受け入れるしかなかった。

 平日の夜。加波子は部屋の電気を消し、ベッドに入った。その時スマホが鳴る。亮からの着信だった。その直前までラインをしていたというのに。加波子は不思議に思う。

「もしもし、亮?」
「もう寝るか?」
「うん。亮は?」
「俺も寝るよ。その前にお前の声が聞きたくなった。」

 加波子は嬉しい気持ちに恐怖が覆う。素直な亮。何か意味があるのかないのか。あるならどういう意味なのか。そう考える気持ちを加波子は抑えながら会話を続けようとした。しかし完全には抑えられない。動揺は隠しきれなかった。

「…じゃ、じゃあ、毎日電話すればいいのに。」
「いやだ。」
「どうして?」
「だったら会いに行く。」

 加波子は涙をこらえた。それでも声は震え、亮に伝わる。

「じゃあ…今…会いに来て…。」

 震える加波子の声。亮は心が痛む。

「バカ。もう寝る。おやすみ。」
「おやすみなさい…。」

 その一本の電話に特別変わった意味はないと、加波子は信じた。しかし眠るのが怖かった。明日という日が亮に来ないかもしれない。そう思うと怖くて眠れない。しかし何もできない。気が狂いそうだった。

 そして亮はその電話の後、声の震える加波子に会いに行くため、加波子のアパートへ向かおうとした。その時、奴等が来た。次はもうない、そう思った亮は逃げては隠れ、逃げては隠れた。しかしそれにも限界があった。

 そんな夜だった。

 翌日が来た。気づけば2月も終わり、3月になっていた。

 加波子は体調不良と眠気。

 トイレで生理用品の入った箱につまずく。それをぼーっとしながらぼーっと見る。

「あれ…前来たのいつだっけ…。」

 少しだけ気になった加波子は、スマホの生理管理アプリを開いた。2月のページを見ながら言う。

「色々あったから、きっと遅れてるんだ…。…そんなことより…。」

 すっと指が触れ、1月のページを目にする。

「あれ…1月分チェックしてない…。忘れたのかな…。1月何してたっけ…。」

 加波子はぼーっとし続けている。

「年が明けて、亮と会って、仕事行って、亮と会って…。…それしかしてない…。」

 加波子は目を閉じた。亮の笑顔が浮かぶ。

 加波子はドラッグストアへ行く。そして妊娠検査薬の前で立ち止まる。しばらく見て、そして手にする。レジに向かう。加波子は無心だった。妊娠検査薬の入った袋をぶら下げて帰る加波子。

「…亮…。」