2月。1年で一番寒い時期。

 ある平日の夜、亮は寝ていたが途中で起きてしまい、それから眠れなくなってしまった。加波子は寝ている時間。電話はしなかった。気分転換にと、寒かったが亮はコンビニへ行った。

 その帰り道。広く開けた道路。さすがに寒く、早く帰ろうと亮は歩いていた。

 その先、遠くに真っ黒に輝く車が2台止まっているのが見えた。周りには人1人、何も1台も通っていなかった。そこには亮しかいなかった。

 そのたったその一人の亮も、奴等には疎ましかったのだろう。亮と車の距離は遠かった。しかし車を通り越した亮に後ろから男が2人近づく。

 そして亮は腕を掴まれる。1人が左腕を、もう1人が右腕を。亮の手からコンビニの袋が地面に落ちる。これは奴等だと亮はすぐわかった。

 亮は車に連れていかれる。2台あるうちの前の車の窓が半分開く。暗い上、顔をはっきりとは見せない。しかし立派な黒いスーツだけは見えた。亮は話し掛けられる。

「ちょうどよかった。君ちょっと手伝ってくれないか?」

 亮は腕を掴まれたまま。後ろの車のトランクが開いた。青いビニールシートに包まれ、紐とガムテープで頑丈に縛られた何かが窮屈そうに入っていた。人の死体だ。亮は見てしまった。それを川に捨てようとしていたところに、亮は出くわしてしまったのだ。

 突然スーツの男が亮を呼ぶ。

「君はどこの組かな?」

 さすが闇の人間。スーツの男は亮の左手の指の繋ぎ目をすぐ見つけた。亮は答えるはずもない。

「まぁいい。それなら話が早い。」

 スーツの男は丸山と名乗った。丸山はこの辺では一番大きな組のトップの側近だと言う。そのトップが最近殺され、犯人がわからないと。おそらくトップを殺ったのは丸山だと、亮にもそれくらいは簡単にわかった。

「よかったらうちに来ないか?」

 亮は答えない。何も言わない。

「…返事がないということは、どういうことかわかるだろう?」

 亮は脅された。

 その時そのまま亮は帰されたが、奴等に弱味を握られてしまった。そしてそんな人間がどうなることか、亮は知っている。

 翌日。昼の休憩時間。加波子のスマホが鳴る。亮からの着信だった。休憩時間に電話があったのは初めてだった。加波子は動揺する。向かったのは誰もいない会議室。

「亮?どうしたの?」
「あぁ、お疲れ。」
「あ、お疲れ様…。ねぇどうしたの?何かあったの?」
「お前、何食ってんのかなーって。」
「それだけ?」
「それだけ。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」

 亮は加波子の声を聞き、安心を感じ平常心を取り戻したかった。亮の声の後ろからは工場の音がする。

「それならいいけど…。」
「何だよ、迷惑だったか?」
「そんな訳ないでしょ?ただびっくりして…。」
「お前の声聞けたから午後も頑張れる。」
「工場で何かあったの?」
「ちょっとしたトラブルだ。」
「それで電話を?」
「まぁな。」

 加波子は安堵する。しかし初めての休憩時間の電話。素直じゃない亮に腹が立った。

「もう!たまには素直になってよね!心配するでしょ?」
「だから電話した。」

 さらに安堵する加波子。そして嬉しくなった。素直じゃない、ぶっきらぼう、そんな亮が恋しくなった。誰もいない会議室で加波子は囁く。

「亮?」
「なんだ?文句か?」
「早く会いたい。」
「すぐ会える。」
「今すぐ会いたい。」
「バカ。お前は相変わらず子供だな。どんどんわがままになってないか?」

 ふたりはやっと笑った。

「早く…会いに来てね。」
「行くから待ってろ。」

 電話を切った亮は、やり場のない悲しい目をしていた。亮は初めて加波子に嘘をついた。おぞましい罪悪感がした上、それでもなお恐怖心のほうがはるかに上回っていた。