そして時間が来る。皆次の店、二次会に行くそうだ。店を出て加波子は友江に近づき挨拶をする。

「先輩、じゃあ私帰りますね。楽しんでください。」
「あーカナ、やっぱり帰る?今度お礼するね!お疲れ!」
「お疲れ様です。」

 加波子は笑顔で友江達を見送る。帰ろうと後ろを向いた加波子は健とぶつかった。

「え?帰るの?」
「あ、はい。」
「どうして?」
「私、何でも二次会には行かない人なんで。会社の飲み会とかも。今日はありがとうございました。失礼します。」

 一秒でも早くその場を離れたかった加波子は、早口で説明をし急ぐ。

「ちょっと待って。二次会がだめならコーヒー1杯くらいなら大丈夫でしょ?」

 先を行く仲間が健を呼ぶ。

「おーい!健!行くぞー!」
「ああ!先行ってて!」

 皆次の店に向かっていく。2人ぽっちになってしまった、加波子と健。

 仕方なく健についていく加波子。広くて解放感のあるカフェ&バーに入る。内装も照明も暗く、落ち着いた雰囲気のカフェだった。健は慣れたように店員に言う。

「テラス席、空いてる?」

 2人はテラス席に座る。店員が来た。

「いらっしゃいませ。」
「アイスコーヒーを。」
「私はホットで。」
「かしこまりました。」

 渋谷。夜。沢山の人。こんなに人は沢山いるのに、一番会いたい人はいない。いるはずがない。そう加波子は思いながら、道行く人を見ていた。

「お待たせいたしました。」

 置かれたコーヒーは、ソーサーに乗った丸びをおびたカップだった。それはあのクリスマス・イヴに見たマグカップではない。物思いに耽っていると健は言う。

「今日、具合悪かったの?お酒も飲まないし、ほとんど何も食べてなかったでしょ。あんまり楽しそうにも見えなかったし。」

 そこまで自分のことを見られていたのかと思うと、恥ずかしくなった加波子。

「私、お酒飲めないんです。それに今日、合コン初めてで。緊張したというか…。」
「珍しい子がいるなーって思ったよ。オレもそんなに合コン行くほうじゃないけど、すぐわかった。それにしても加波子ちゃんみたいな子がロックが好きなんてね。意外だなー。そう見えないからなんか新鮮。今度一緒にライヴ行こうよ。」
「ライヴは、いつも一緒に行くメンバーが決まってるので。」
「じゃあ映画観に行こう。映画の趣味も合いそうだし。感想言い合おうよ、ご飯でも食べながら。」
「映画は、ひとりで観たいんです。」

 健をかわす加波子。作り笑いをしながら。

「じゃあ、またコーヒー飲もう。」

 加波子の表情が止まる。この誘いはかわせられない。断る理由がどこにもない。うつむき、焦る加波子に健は容赦しない。

「そんなにつまらない?オレといて。」
「そんなことないですよ?」

 加波子はまた作り笑いをする。それでいいのだと思っていた。ただその場をしのげればと。すると健の態度が変わる。

「いい加減にしてくれないか、その作った笑顔。」

 健の鋭い眼差し、トーンの低い声。ばれていた。健にはお見通しだった。

「そんなにつまらないなら帰っていいよ。」

 加波子は困惑する。何を言ったらいいのか、何か言ったほうがいいのか。何もわからなかった。少し震えたため息をし、バッグを持ち、財布に手をかけた。その瞬間。

「嘘だよ。いてよ。」

 加波子は健を見る。健も加波子を見ている。違う、この目じゃない。加波子は感じた。加波子はお財布をしまう。

 コーヒーはもう冷めていた。