陽はのぼる。加波子は生きる。加波子は上る、新しい日々の階段を。亮のいない日々の階段を。

 加波子は生きる屍になった。想像を超える衝撃的な出来事。頭も心も事実に追い付かなかった。

 しかし意識のはっきりしないまま、加波子はすぐに工場へ向かった。引き戸を引くと事務員が立っていた。

「あら、あなたいつかのお嬢さん…。」
「ご無沙汰してます。あの、社長さん、いらっしゃいますか?」
「少々お待ちくださいね。こちらへどうぞ。」

 加波子は休憩スペースに案内され、ソファに座った。事務員がお茶を入れてくれた。

「どうぞ。」
「ありがとうございます。」

 加波子の表情はずっと曇ったままだった。

 奥から社長が出てきて、加波子の顔を見るなり表情は暗くなる。加波子は立ち上がり挨拶する。

「お久しぶりです。」

 社長は何も言わずに座る。加波子も座る。加波子は覚悟を決め、社長に切り出す。

「あの…彼は今、どこにいるんですか?」

 社長は眉間にしわをよせ言う。

「お嬢ちゃん、あいつのことはもう忘れろ。」

 引き下がらない加波子。

「私は…藁をもすがる思いでここに来たんです。だからどうか…教えてください。」

 涙ながらに加波子は言う。社長は一度ため息をつき、事務員を呼ぶ。

「おーい、ちょっと来てくれー。」

 事務員も暗い表情だ。そして事務員は加波子に丁寧に説明を始める。亮が今いるであろう場所、その次の行き先、さらにその次の行き先…、最終的にたどり着く場所、それは刑務所だ。

 加波子は胸がぎりぎり痛む。苦しくなりながらも、真剣にひとつの言葉も聞き逃さぬよう聞いた。頭と心に打ち込む。

「いつになるかなんて見当もつかないけど…、どこの刑務所に移送されるのか、決まるまで1年くらいはかかると思うわ…。」
「1年も…。」

 加波子は礼を言い、建物を出る。誰かとすれ違う。航だった。

「あんた…。」

 何も言わない加波子。航と合わす加波子の目から感じたのは恐怖。

「…大丈夫か?」

 加波子は何も言わず、航に頭を下げた。そして工場を後にする。加波子はただただショックだった。非現実的すぎる現実で過酷で、見たことのない世界。

 帰り道。加波子は身をすくませながら、ひとり歩いた。

 加波子は一生懸命考えた。自分にできることは何か。どうしたら亮に会えるのか。加波子は必死に考え、答えを探す旅が始まる。

 公園の桜が咲き始めようとしていた。しかし生きる屍となった加波子に、その産声は届かなかった。

 帰宅する。玄関、あの時のことが蘇る。そして部屋、虚無感だけがある。

 こんな想いをあと何日すればいいのか、毎日想う加波子だった。