人のいない展示室のベンチで、私はヨリの隣に座る。
 薄暗い空間の中、周囲にはブラックライトに照らされたクラゲが穏やかに揺蕩っていた。

「……ごめん」

 黙っていたヨリは、小さな声で呟いた。

「君に、ひどいことをしたよね」
「いいよ、別に。怒ってない」

 傷付いたようなヨリの表情は、彼が校内で『生徒会長』の姿でいる時は決して見せない姿だった。

「ヨリは、寂しいんだよね」

 昨日から考えていた後に辿り着いた一つの仮説を、私は彼に提示する。

「寂しいから、私があなたよりも友達を選んだ時、嫌な思いをしたんだよね」

 そう言うと、俯いていた彼はゆっくりと顔を上げる。眼鏡越しに見えるやや垂れ目の瞳の中には、水槽の青い光を映していた。

「……僕にはね、大学生の兄がいるんだ」

 水槽を見つめ、彼はぽつりぽつりと語り出す。

「兄は小さい頃から勉強ができて、大人から言われたことはなんでも完璧にこなせる、優等生の鏡みたいな人だった」

 ヨリみたいだね、と言うと、彼は「違うよ」と首を振る。

「全然違う。その証拠に、両親は兄のことだけが大好きだった。いつだって兄が最優先で、僕のことは放ったらかし。だけど兄は僕に優しくしてくれたから、せめて僕も彼みたいな立派な人間になりたくて、必死に努力した」

 ヨリは私が返したチンアナゴのマスコットを、指の腹で優しく撫でる。