「会いたかった。僕の幼馴染(フィアンセ)

 顔面を思い切り胸に押し付けられ、呼吸が苦しい。
 ゲームの中だからこそ許されるものの、現実世界でこんなスキンシップがまかり通ったら完全に警察沙汰だ。

「ちょっと……ちょっと待ってください!」
「どうしたの? 幼馴染(フィアンセ)

 両腕に力をこめて慌てて離れると、彼は不思議そうに首を傾げた。
 眼鏡の奥の優しい瞳と、きっちりと着こなされた制服姿が清潔な印象を受ける青年だ。

(まあ、通報は許そうかな)
(って、そうじゃなくて!)

 一瞬よぎった自分の本心に喝を入れながら、私はずいと彼を見上げた。

「あなたの名前を教えてください」

 ここまで直接的に関わって来るとなると、きっと名前があるはずだ。尋ねると、彼は「忘れてしまったのかい?」と眉を寄せた。

「言っただろう。君は僕の幼馴染(フィアンセ)なんだよ」
「いや、さっきからルビがおかしいです」

 悲しそうな表情をしつつも、彼は「久我依都(くがよりと)。蒼遥高校の三年二組だ」と名乗った。

「これまでずっと君を迎えに行こうとしてたんだよ。だけど道路が工事中だったり野良犬に追いかけられたりしてね……隣のクラスとは言え学校でも慌ただしくしているし、やっと今日、ここまで辿りつけたって訳で」

 思い返す限り近所で道路工事や野良犬を目にしたことは一度もない。彼は一体どんなルートを辿って寮へ行こうとしていたのだろうか。