ハイクレックスの社員がまばらに行き交う廊下を歩く。すれ違う社員はカジュアルなオフィススタイルで、一瞬で新入りと分かってしまう自分のリクルートスーツ姿が恥ずかしい。

(六階の角……)

 言われた通りに該当階の突き当たりまで歩いて行くと、ドアの前に手描きで『旧アムールゲームス部』と紙が貼られた一室に行き当たった。
 ドアにはめ込まれた磨りガラスから電気が灯っていることは分かるが、中の様子を伺うことはできない。
 私は小さく深呼吸をし、コンコン、とドアをノックした。

「失礼します」

 ドアを開け、室内に向かって一歩を踏み出す。
 複数の社員がデスクに向かい、黙々と仕事をしている光景が広がっていると思いきやーー
 私の眼前に現れたのは、部屋の中央にぽつんと置かれたデスクで黙々とゲームにいそしむ、一人の女性の姿だった。

「……ん?」

 来訪者に気付き、ゲーム機から女性が顔を上げる。目が合った瞬間、思わずびくりと肩が揺れた。
 切れ長の瞳が印象的な、凛とした佇まいの女性だ。艶のある黒色の髪はきっちりと束ねられ、洋装よりも着物が似合いそうな雰囲気を醸し出している。

「もしかして、有明海羽ちゃん?」
「はい!」

 首を傾げた彼女を前に、私は頭を下げる。

「本日付で旧アムールゲームス部に配属になりました、新入社員の有明と申します」

 今こそ研修中に習得したビジネスマナーを発揮する時だったがーー
 ぎこちない様子が面白かったのか「そう固くならないで」と彼女は笑うと、デスクから立ち上がって私のそばへ近付いた。

「私は横江知里(よこえちさと)。多分あなたよりいくつも年上だと思うけれど、同じチームのメンバーとして、どうぞよろしくね。私のことは横江さんでも先輩でも、好きに呼んでくれて構わないわ」
「じゃあ、横江さんで……こちらこそよろしくお願いします」

 自分よりも高い位置から差し出されたすらりとした手を握りしめる。
 視線を落とすとサブリナパンツの足元に映える、ヒールの高いパンプスが見えた。

「とりあえず、あなたのデスクはもう用意してあるから。出勤したら総務で社員証をスキャンして、まっすぐこの部屋までいらっしゃいね」

 横江さんは振り返り、彼女がゲームをしていたデスクに向かい合わせで置かれたがらんどうのデスクを指さす。

「あの、横江さん。もしかして旧アムールゲームス部って……」
「ええ、私とあなただけよ」
「やっぱり!」

 室内に二つしか置かれていないデスクを眺めがら、横江さんは淡々と答える。

「アムールを買収して早々に人事が異動者を募集した時、社内からは私しか手を挙げなかったの。仕方ないから私と新入社員であるあなたに加わってもらうことになって……あと社長も、今後の展開については積極的に関わって行く予定みたいだけど」
「社長もですか!?」

 自社ビルを構えるほどの大きさを持つ会社の社長が、二名しかいない部署の仕事に関わる余裕などあるのだろうか。疑問はつきなかったが、「立ち話もなんだし、そこへお座りなさいな」と横江さんに促され、私はリクルートバッグを片手に自分のデスクに着いた。