織也くんは立ち上がり、屋上を囲むように張り巡らされたフェンスへ近付くと、遥か彼方をまっすぐに見つめる。彼の視線の先へ目を向ければ、うっすらと、バリアのように光沢を放つ壁があることに気付いた。

「俺達は、ずっとこの世界が四月一日になるのを待っていた。桜が咲いて新学期が始まって、『主人公』が現れるのを待ち詫びていたんだ」
「それはつまり……私が来るまで、この世界は時間が動いてなかったってこと?」
「ああ。今日こうやってお前が現れるまで、この世界はずっと『三月三十一日』だったんだ。日が沈んで夜が明けても、何度も何度も同じ日が始まる。何日経っても桜は咲かず、俺達は生きているはずなのに年を取らなかった。最初は俺だって訳分かんなかったけど……繰り返すうちに気付いたんだ。外部から『何か』の存在が現れることによって、この世界の時間は動き出すんだって」

 『隣の席にあなたが来るのをずっと待ってたんだ』と話していたきららちゃんの笑顔が蘇る。今の話を聞いた後だと、彼女(今後は彼と表現すべきか)が言いたかったことも理解することができた。

「ついでにもう一つ教えてやるよ。この世界には、『名前を持つ者』と『持たない者』の二種類が存在する。お前はこの意味が分かるか?」

 織也くんに尋ねられ、私は考え込む。『名前を持つ者』とは、つまり目の前の彼やきららちゃん、ヒロミさんのことを指すのだろう。

(じゃあ、『持たない者』は……)