これは夢だ。
 いや、夢なんだけど、夢じゃない。

 汗が滲む手で学生鞄の肩紐を握りしめ、私はふらつく足取りで通学路を行く。
 確かに前の晩、私は横江さんから借りたファイルの中から、『約束のエトワール』と書かれたゲームソフトを見つけた。市場に出回っていない、横江さんですら知らない作品だと考えた私は興味半分でソフトを起動したはずだった。

(だけど、その後はどうしたんだっけ――?)

 自分は夢を見ていると考えるのが、この場合では正しい判断のような気がする。あの時そのまま私は眠ってしまい、きっと直前の行動がきっかけで『約束のエトワール』のゲームの世界の夢を見ている。しかしその場合、気になることが一つあった。

(私は、このゲームの内容を知らない)

 知らない割に、目の前に広がる景色は、あまりに現実味を帯びているのだ。満開の桜が咲く遊歩道、私の前後を歩く高校生の笑い声、髪を揺らす暖かい春風に至るまで、全ての事象が私に訴えかけて来る。
 それはまるで、この現実を受け入れろと言わんばかりに。

 ふわりと舞った桜の花びらが、ローファーのつま先に落ちる。ぼんやりとその様子を眺めながら一歩を踏み出した時、穏やかな空気を切り裂くようなクラクションの音が辺りに響き渡った。