「そう言えば横江さんがずっと好きだった声優さんも、今日いらっしゃってたんですよね」

 廊下を歩きながら尋ねると、横江さんは「そうなの!」と恋する女子高生のような笑顔を浮かべて両方の掌を頬に当てた。

「オカピー……岡平さんのことね。『シャルマン・アンジュ』では最推しのハルトを演じてくださってて。ああどうしよう仕事だって分かってるのに理性が抑えられなくてしんどい。ほんとしんどい」
「大丈夫ですか横江さん……」

 足元がおぼつかない横江さんを支えるようにして歩いていると、背後から柔らかい声が私達に投げかけられた。

「ハルトのこと、もしかして覚えててくださったんですか?」

 振り返ると、ダンディを体現したようなスタイリッシュな装いの男性が立っている。隣に立つ横江さんの喉がひゅっと小さく鳴った。

「実は僕、下積み長くて。仕事で主役に選ばれたのは、あの作品が初めてだったんです」
「そ、そうなんれすか……」

 呂律の回らない舌で横江さんが答える。彼はつかつかと彼女の前に立つと、優しい笑顔を浮かべて言った。