商店街を抜け、人気のない住宅街を歩く。
 夜も更けた通りは静かで、私達の足音だけが冷たい空気に響いた。

「織也くん、あんなおしゃれな家で一人暮らししてたんだね」
「まあな」

 街灯にぼんやりと照らされ、彼の鼻先がわずかに赤くなっている。

「高校通う間の仮住まいってことで契約してる家なんだけど、一人で暮らすには大き過ぎるよな」

 無駄に広いせいで廊下や風呂場の掃除が面倒臭いとこぼす織也くんに、「確かに」と私は笑う。

「私の一人暮らしのマンションなんか、多分織也くんちのリビングより狭いよ」
「あれ、お前寮住まいじゃなかったっけ?」
「ああ……今の寮じゃなくて、ここに来る前に暮らしてた家」

 都会に押し込まれるようにして暮らしていた一人暮らしの生活も、すっかり遥か昔のことのように思える。月々の家賃を踏み倒しているどころか借主も行方不明で、最早あまり深く考えたくない懸念事項だ。

 私の話に織也くんは「そうか」と短く答える。

「お前もお前で、ここに来るまでの人生があったんだもんな」

 トーンを落とした彼の声色にわずかな不安を感じ、私は「でも!」とできる限りの明るい声で上空に人差し指を掲げた。

「ここから見える星はね、私が暮らしてた世界と変わらないんだ」
「星?」
「そう!」

 少しだけ気まずくなった空気を誤魔化すように、私は言葉を続ける。

「北斗七星もあるし、今ならカシオペア座も見れるよね。それにこの前勉強したんだ! 冬の大三角形」

 冬の夜空は、他の季節よりも星が綺麗に見える。
 私はプラネタリウムで学んだことを反芻するように、彼の隣で星空をなぞった。

「オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウスでしょ。それからこいぬ座の……えっと」
「プロキオンだろ?」

 チェスターコートのポケットから左手を出した織也くんが、不意に私の手首を掴む。
 そして、「ほら、ここ」とベテルギウスの直線状に輝く恒星を示した。

「ほんとだ……」

 夜空にはっきりと浮かび上がった三角形の形に、じわじわと高揚が沸き上がってくる。

「……織也くんがいなきゃ、完成しなかったね。冬の大三角」

 織也くんが手を離したタイミングで、私はゆっくりと腕を下ろす。
 彼の左手首からは、ちらりと青いミサンガが覗いていた。