「私はこの壱師町のことしか知らないので力になれることがあるかは分かりませんが……海羽さんも、元の世界に帰る手がかりが見つかるといいですね」
「ありがとう。でも、とりあえずは文化祭の練習を頑張ろう。この機会にかなたも高校に通うことができるようになればいいんだけどな……」
「そうですね」

 白い指を顎に当て、朋花ちゃんは考え込む素振りを見せる。

「とは言え、私達が高校まで無理矢理連れて行くのは駄目ですよね」
「私もそう思う」

 朋花ちゃんに相槌を打ちながら、私はかなたが乙女ゲームにおける『攻略キャラクター』であることについて考えを巡らせていた。

(仮に、私とかなたが結ばれたとしたら)

 自分で考えるには気恥ずかしい選択肢を頭に思い浮かべ、それはないな、と即座にその可能性を否定する。
 私が不登校だったとして、好きな人のために高校に通うようになる展開は頷ける。
 一方で、想い人が突然目の前から姿を消してしまったらーー
 私ならきっと、不登校の生活に逆戻りしてしまうだろう。

(いつか元の世界に戻る私が、彼を高校に通わせる理由にはなれない)

 だったら主人公として、私が彼にしてあげられることは何なのか。
 通り過ぎた弁当屋の食欲をそそる香りが、思案する私の鼻をくすぐった。