気が付いたら私は起きていた。
外の雨は相変わらず私の心の中を表すかのようにザーザー降り。
暇だ。海音に本を持ってきてって頼めばよかった。
頼めるような状況じゃなかったけど。
「水無月さーん、入りますよ。」
そういうと同時にドアが開く。別にやましいことはないので構わない。
入ってくると看護師が慣れた手つきで作業を進めていく。
「バイタルは異常なしっと。」
ちょっとホッとする。そういう言葉だけで人の緊張は和らぐものだ。
「どう、昨日は眠れた?」
「あ、はい。おかげさまで。」
「よかった。ご飯食べられてないからちゃんと寝てくれただけでもおばさん、うれしいわ。」
そういって、少量のおかゆが私の前に置かれる。
「食べられなかったら大丈夫だから。ちょっとチャレンジしてみて。」
そう言ってスプーンを渡される。
これも緩和療法なのだろうか。昨日の夜は一口食べただけで戻してしまったのだけれど、今なら。
そう思って口に運ぼうとする、が口が開いてくれない。
体が拒否してしまっている。
仕方なく、私はスプーンを皿の上に戻す。
「ごめんなさい。」
「しょうがないわ、昨日もこんな感じだったものね。点滴だけ変えておくわね。何か、欲しいものとかある?」
「じゃあ、本を一冊お願いします。」
「あっ、暇だものね、いいわ、持ってきてあげる。」
そうして持ってきてくれた本を私は読み始めた。
本当だったら朝から姉貴のところに行きたかったのだが、残念ながら病院と学校は全く方向が違うので諦めることにする。
今頃姉貴は何をして過ごしているのだろか?きっと暇をしているのだろう。
気を利かして本の一冊や二冊、持って行ってやればよかったと後悔する。
にしても今日の朝飯も昨日の夜に負けず劣らずまずかった。
なんでこんな味になったのだろうと自分を疑ってしまう。
もう一度でいい。最悪笑ってなくたっていい。ただ、姉貴と一緒にまたうまいご飯を食べたい。
そんなことを、気づいたらまた願っていた。そしてまた一人で泣いていた。
今までは、たとえいなくても帰ってくると分かっていた。そこに若干の寂しさはあったけれど、悲しさはなかった。だけど今は違う。
いつ帰ってくるか分からない。こんなことは考えたくないけれど、もしかしたら帰ってこないかもしれない。
結局俺の世界は姉貴によってできていたんだ。姉貴を守るとか言っていたのにな。
本当だったら俺もここで泣きじゃくりたい。だけど俺が泣くのはお門違いもいいところだ。本当に泣きたいのは姉貴のはずだから。
俺はぐっと残りの涙をこらえる。
今俺がいるのは俺の通う高校の正門だ。
日曜だが三年生は夏休み前ということで担任との面談がある。
サボってしまおうかと思ったがそうすると後が怖いし、何よりきっと姉貴がそれを望まないはずだ。
だが、正直言って俺はこの面談に乗り気はしてない。
全く勉強に関しては心配されないだろう。ただ、あの先生のことだ。
間違いなく家庭事情に関して聞いてくる。
とても姉貴のことについて話す気にはならない。
だけど面談予定時刻まであと五分を切っている。
悩みながら俺は学校に入っていった。
私はこの本を読んで泣いていた。
ストーリーは、重大な病気を抱えている彼女を、彼氏が命をかけて助けるといういたって普通のお話。
普通、社会人にもなってこんな話は読まない。
だけど、今は泣かずにはいられなかった。
だって、あまりにこの彼氏の方が海音に似ているんだもの。
もしかしたら、今も海音はこの彼氏のように駆け回っているのかもしれない。
そう考えると、うれしいけど、心が痛む。
あの看護師がこの本をどう選んだのかは知らないけれど、あの看護師も罪人だなと思う。
本当、思考回路が海音とおんなじ。
「海音、本当に、ごめんね、そして・・・」
最後だけ、言葉にならなかった。
「次、水無月、入れ。」
そう呼ぶのは俺の担任、吉川だ。俺は職員室に入っていく。
「よう、水無月、元気か?」
「まあ、」
基本この先生に隠し事をしてもばれるのだが、こう答えるしかない。
「そうか、まあ別にお前は呼び出さなくても何の問題もないからな。そっちに関しての心配は全くしていない。ただ、やっぱりお前の家庭状況が気になるもんでな。その顔を見る限り、なんかあったろ?」
この人、鋭すぎる。全く悪意は感じられないが、こういう時ぐらいは放っておいてほしいものだ。
「特に何にもないですけど。」
昔から知っていたが、俺は嘘をつくのが苦手だ。
「本当か?じゃあ彼女に振られでもしたか?」
「そんなんじゃないです!」
思わず声を張り上げてしまう。
「でもなんかあるのは事実だろ。隠してても俺はお前を助けてやることはないし、お前だって心のもやもやは消えない。それでも話したくないなら結構だが、できれば話してほしい。」
隠してても何も始まらない、それは俺が昨日、姉貴におぼえた感情と全く同じものだ。確かにその通りだ。だけど、これを話したら先生は俺が今一人で暮らしていることを知ってしまう。それをこの先生が放っておくとはとても思えない。どうする、俺。
「おい、なんでお前が泣いてるんだよ?やっぱそんなつらいことなのか?」
「えっ」
目元に手をやる。透明の液体、間違いなく涙であろうものがついていた。
つらい、つらくないはずがない。その感情が、俺を支配していた。
「すまないな、こんなこと聞いて。お茶くらいなら出せるが飲んでいくか?」
「あの、先生。」
「どうした?」
「もし、もしですよ。この世の中からすべての味を忘れてしまった人がいて、その人が死んでしまうかもしれない、だけど治す方法がないと知ったら、先生だったら、どうしますか?」
声が震えていたのが自分でも分かった。
だけど、たぶん他の人になら聞けなかった。
ただ、先生との二年以上の付き合いと、先生のこの性格がきっと俺をを突き動かした、のだと思う。
先生は何か言いたげな顔をしていたが、何も言わずにこの質問に答えてくれた。
「それは難しい質問だな。まずは味の定義によるな。」
「味の定義、ですか?」疑問を抱かずにはいられない。
「まあ普通なら、人間が舌で感じるものを味と呼ぶのだろうが、人間というのはそれ以外にも味と呼んでいるものがあるだろう。」
「だけどこの場合は・・・」
「そうとも限らないぞ。そういう味を忘れてしまっているせいで疑似的に他の味を忘れているだけかもしれない。水無月だって、泣いているときの飯はうまくないだろう。」
確かにそうだ。
「それは、涙の味のせいでほかの味を感じなくなっている、と考えるのは奥が深すぎたか。」
普段なら「何言ってるんだ、この先生、中二病再発か」と思うところだろう。
だけど今は奥が深くてもかまわない。今は少しでも姉貴を救う可能性があるならそれを知りたい。
「ほら、とりあえずお茶でも飲んで落ち着け。」
先生からお茶を受け取る。
「ほら、そこは「ありがとう」だろうが。まあ、こんな状況じゃ無理もないか。」
すっかり忘れてた。この先生、礼儀に関してはうるさいんだ。
ん、ありがとう・・・
俺の何かで何かが繋がりはじめる。
「あっ」そうか、こう考えればすべて繋がる。
本当にこんな事態が起こるのかなんてわからない。だけどこの事態がすでに異常だ。試してみる価値はある。
「どうした、いきなり。」
「先生、ありがとうございました。」
そう言って席を立ちあがる。
「そうか、前より顔も良くなってる。頑張れよ。」
やっぱこの先生、いい人だ。そう思いながら俺は足早に職員室を後にした。
「そっか、今日は海音、二者面談だったんだっけ。」
暇だ。もう本は読み終わってしまった。
頼めばほかの本を持ってきてもらうことも可能なのだろうが、ただでさえ忙しそうな看護師さんたちを呼び止めるのは気が引ける。
かといって自分で行く気もしない。
たった一日しかたっていないのに私の体は随分と弱っていた。
当然と言えば当然だ。私は昨日から水以外のものを口に入れていない。
いや、正確には入れられない。
昨日は、死をどこか他人事のように捉えていた。
だけど今は嫌でもそれを意識させられる。
このままいけば、私は確実に死ぬ。
怖い、怖いよ海音。
早く、海音に会いたい。早く・・・
その時、スマホの着信音が鳴った。
外に出ると、雨はもう止んでいた。
本当は今すぐ姉貴のところに行きたい。
だけど、今から準備しないと間に合わない。
「今日の分は、明日いくらでも返すから。だから、許してくれ。今日は、行けそうにない。」
LINEを、姉貴に送っておいた。きっと姉貴は悲しむだろう。
姉貴、本当にすまない。
重たい体を起こして下まで来て感じたのは安堵でも怒りでもない。寂しさ、いや、悲しさだった。
「なんで、なんで来れないのよ!」
海音にだって予定はあるだろう。だけど、ちょっとでいい。ちょっとでいいから来てほしかった。
「海音も、私のことはどうでもいいの?」
そんな訳ない。そう思ってる人は、私にここまでしてくれない。
だけど、だけどなんで?
胸が痛い。息が荒くなる。やっぱ海音がいないと私は何もできない。
助けて、とか言ったけど私にとっては海音という存在自体が救いだったんだ。
もう残っていないはずなのに、私の目からはまた涙が溢れた。
「大好きだよ、海音。」
家に帰ると俺はすぐに準備を始める。
買ってこなければいけないものもある。今からでも間に合うか微妙だ。
でも、姉貴に残された時間は刻一刻と減っている。
だから、間に合わせる。
途中、一回スマホの着信音が響くが無視する。
もし姉貴からだったら、俺が耐え切れなくなってしまう。
「大好きだよ、姉貴。」
俺が、あれ以外のすべての作業を終わらしたときには、すでに日付が変わっていた。
外の雨は相変わらず私の心の中を表すかのようにザーザー降り。
暇だ。海音に本を持ってきてって頼めばよかった。
頼めるような状況じゃなかったけど。
「水無月さーん、入りますよ。」
そういうと同時にドアが開く。別にやましいことはないので構わない。
入ってくると看護師が慣れた手つきで作業を進めていく。
「バイタルは異常なしっと。」
ちょっとホッとする。そういう言葉だけで人の緊張は和らぐものだ。
「どう、昨日は眠れた?」
「あ、はい。おかげさまで。」
「よかった。ご飯食べられてないからちゃんと寝てくれただけでもおばさん、うれしいわ。」
そういって、少量のおかゆが私の前に置かれる。
「食べられなかったら大丈夫だから。ちょっとチャレンジしてみて。」
そう言ってスプーンを渡される。
これも緩和療法なのだろうか。昨日の夜は一口食べただけで戻してしまったのだけれど、今なら。
そう思って口に運ぼうとする、が口が開いてくれない。
体が拒否してしまっている。
仕方なく、私はスプーンを皿の上に戻す。
「ごめんなさい。」
「しょうがないわ、昨日もこんな感じだったものね。点滴だけ変えておくわね。何か、欲しいものとかある?」
「じゃあ、本を一冊お願いします。」
「あっ、暇だものね、いいわ、持ってきてあげる。」
そうして持ってきてくれた本を私は読み始めた。
本当だったら朝から姉貴のところに行きたかったのだが、残念ながら病院と学校は全く方向が違うので諦めることにする。
今頃姉貴は何をして過ごしているのだろか?きっと暇をしているのだろう。
気を利かして本の一冊や二冊、持って行ってやればよかったと後悔する。
にしても今日の朝飯も昨日の夜に負けず劣らずまずかった。
なんでこんな味になったのだろうと自分を疑ってしまう。
もう一度でいい。最悪笑ってなくたっていい。ただ、姉貴と一緒にまたうまいご飯を食べたい。
そんなことを、気づいたらまた願っていた。そしてまた一人で泣いていた。
今までは、たとえいなくても帰ってくると分かっていた。そこに若干の寂しさはあったけれど、悲しさはなかった。だけど今は違う。
いつ帰ってくるか分からない。こんなことは考えたくないけれど、もしかしたら帰ってこないかもしれない。
結局俺の世界は姉貴によってできていたんだ。姉貴を守るとか言っていたのにな。
本当だったら俺もここで泣きじゃくりたい。だけど俺が泣くのはお門違いもいいところだ。本当に泣きたいのは姉貴のはずだから。
俺はぐっと残りの涙をこらえる。
今俺がいるのは俺の通う高校の正門だ。
日曜だが三年生は夏休み前ということで担任との面談がある。
サボってしまおうかと思ったがそうすると後が怖いし、何よりきっと姉貴がそれを望まないはずだ。
だが、正直言って俺はこの面談に乗り気はしてない。
全く勉強に関しては心配されないだろう。ただ、あの先生のことだ。
間違いなく家庭事情に関して聞いてくる。
とても姉貴のことについて話す気にはならない。
だけど面談予定時刻まであと五分を切っている。
悩みながら俺は学校に入っていった。
私はこの本を読んで泣いていた。
ストーリーは、重大な病気を抱えている彼女を、彼氏が命をかけて助けるといういたって普通のお話。
普通、社会人にもなってこんな話は読まない。
だけど、今は泣かずにはいられなかった。
だって、あまりにこの彼氏の方が海音に似ているんだもの。
もしかしたら、今も海音はこの彼氏のように駆け回っているのかもしれない。
そう考えると、うれしいけど、心が痛む。
あの看護師がこの本をどう選んだのかは知らないけれど、あの看護師も罪人だなと思う。
本当、思考回路が海音とおんなじ。
「海音、本当に、ごめんね、そして・・・」
最後だけ、言葉にならなかった。
「次、水無月、入れ。」
そう呼ぶのは俺の担任、吉川だ。俺は職員室に入っていく。
「よう、水無月、元気か?」
「まあ、」
基本この先生に隠し事をしてもばれるのだが、こう答えるしかない。
「そうか、まあ別にお前は呼び出さなくても何の問題もないからな。そっちに関しての心配は全くしていない。ただ、やっぱりお前の家庭状況が気になるもんでな。その顔を見る限り、なんかあったろ?」
この人、鋭すぎる。全く悪意は感じられないが、こういう時ぐらいは放っておいてほしいものだ。
「特に何にもないですけど。」
昔から知っていたが、俺は嘘をつくのが苦手だ。
「本当か?じゃあ彼女に振られでもしたか?」
「そんなんじゃないです!」
思わず声を張り上げてしまう。
「でもなんかあるのは事実だろ。隠してても俺はお前を助けてやることはないし、お前だって心のもやもやは消えない。それでも話したくないなら結構だが、できれば話してほしい。」
隠してても何も始まらない、それは俺が昨日、姉貴におぼえた感情と全く同じものだ。確かにその通りだ。だけど、これを話したら先生は俺が今一人で暮らしていることを知ってしまう。それをこの先生が放っておくとはとても思えない。どうする、俺。
「おい、なんでお前が泣いてるんだよ?やっぱそんなつらいことなのか?」
「えっ」
目元に手をやる。透明の液体、間違いなく涙であろうものがついていた。
つらい、つらくないはずがない。その感情が、俺を支配していた。
「すまないな、こんなこと聞いて。お茶くらいなら出せるが飲んでいくか?」
「あの、先生。」
「どうした?」
「もし、もしですよ。この世の中からすべての味を忘れてしまった人がいて、その人が死んでしまうかもしれない、だけど治す方法がないと知ったら、先生だったら、どうしますか?」
声が震えていたのが自分でも分かった。
だけど、たぶん他の人になら聞けなかった。
ただ、先生との二年以上の付き合いと、先生のこの性格がきっと俺をを突き動かした、のだと思う。
先生は何か言いたげな顔をしていたが、何も言わずにこの質問に答えてくれた。
「それは難しい質問だな。まずは味の定義によるな。」
「味の定義、ですか?」疑問を抱かずにはいられない。
「まあ普通なら、人間が舌で感じるものを味と呼ぶのだろうが、人間というのはそれ以外にも味と呼んでいるものがあるだろう。」
「だけどこの場合は・・・」
「そうとも限らないぞ。そういう味を忘れてしまっているせいで疑似的に他の味を忘れているだけかもしれない。水無月だって、泣いているときの飯はうまくないだろう。」
確かにそうだ。
「それは、涙の味のせいでほかの味を感じなくなっている、と考えるのは奥が深すぎたか。」
普段なら「何言ってるんだ、この先生、中二病再発か」と思うところだろう。
だけど今は奥が深くてもかまわない。今は少しでも姉貴を救う可能性があるならそれを知りたい。
「ほら、とりあえずお茶でも飲んで落ち着け。」
先生からお茶を受け取る。
「ほら、そこは「ありがとう」だろうが。まあ、こんな状況じゃ無理もないか。」
すっかり忘れてた。この先生、礼儀に関してはうるさいんだ。
ん、ありがとう・・・
俺の何かで何かが繋がりはじめる。
「あっ」そうか、こう考えればすべて繋がる。
本当にこんな事態が起こるのかなんてわからない。だけどこの事態がすでに異常だ。試してみる価値はある。
「どうした、いきなり。」
「先生、ありがとうございました。」
そう言って席を立ちあがる。
「そうか、前より顔も良くなってる。頑張れよ。」
やっぱこの先生、いい人だ。そう思いながら俺は足早に職員室を後にした。
「そっか、今日は海音、二者面談だったんだっけ。」
暇だ。もう本は読み終わってしまった。
頼めばほかの本を持ってきてもらうことも可能なのだろうが、ただでさえ忙しそうな看護師さんたちを呼び止めるのは気が引ける。
かといって自分で行く気もしない。
たった一日しかたっていないのに私の体は随分と弱っていた。
当然と言えば当然だ。私は昨日から水以外のものを口に入れていない。
いや、正確には入れられない。
昨日は、死をどこか他人事のように捉えていた。
だけど今は嫌でもそれを意識させられる。
このままいけば、私は確実に死ぬ。
怖い、怖いよ海音。
早く、海音に会いたい。早く・・・
その時、スマホの着信音が鳴った。
外に出ると、雨はもう止んでいた。
本当は今すぐ姉貴のところに行きたい。
だけど、今から準備しないと間に合わない。
「今日の分は、明日いくらでも返すから。だから、許してくれ。今日は、行けそうにない。」
LINEを、姉貴に送っておいた。きっと姉貴は悲しむだろう。
姉貴、本当にすまない。
重たい体を起こして下まで来て感じたのは安堵でも怒りでもない。寂しさ、いや、悲しさだった。
「なんで、なんで来れないのよ!」
海音にだって予定はあるだろう。だけど、ちょっとでいい。ちょっとでいいから来てほしかった。
「海音も、私のことはどうでもいいの?」
そんな訳ない。そう思ってる人は、私にここまでしてくれない。
だけど、だけどなんで?
胸が痛い。息が荒くなる。やっぱ海音がいないと私は何もできない。
助けて、とか言ったけど私にとっては海音という存在自体が救いだったんだ。
もう残っていないはずなのに、私の目からはまた涙が溢れた。
「大好きだよ、海音。」
家に帰ると俺はすぐに準備を始める。
買ってこなければいけないものもある。今からでも間に合うか微妙だ。
でも、姉貴に残された時間は刻一刻と減っている。
だから、間に合わせる。
途中、一回スマホの着信音が響くが無視する。
もし姉貴からだったら、俺が耐え切れなくなってしまう。
「大好きだよ、姉貴。」
俺が、あれ以外のすべての作業を終わらしたときには、すでに日付が変わっていた。