「外、暑そうですね」
「そうだね」
「夏も本番ですもんね」
「もう少しで終わるけどね」
「こんなことしてる場合じゃないのになぁ」
 二人でフローリングに寝転がる昼下がり、私の肌に触れる木目は冷たい。
 片や莉緒は真白な敷布団の上で窓を見上げ、外の夏空を眺めている。
「わざわざ敷布団なんて買わなくてもよかったのに……」
「毎晩ソファで寝てたから体調崩したのかもしれないでしょ?」
「それでも私、あと半月もしないうちにここから出てくんですよ?」
「……まぁ、高い買い物でもないし」
「私が来てから金使い荒くなってる。絶対」
「そうかも」
 昨日箱根から帰る電車の中、どう見ても莉緒は体調が悪そうで、その場でインターネット通販を開いた。適当に安い敷布団をカゴに入れ、届いたのが今日の朝。昨日の夜は仕方ないから莉緒を私のベッドに寝かせて私はソファーで眠った。それが原因なのか、はたまた久しぶりの旅行が原因なのか、とても腰が痛い。
「いつの間に注文してたんですか」
「昨日の電車の中」
「よく今日の朝に届きましたね」
「あー。なんか私、有料会員だったみたいでさ。プライムってやつ」
「だった見たいって何ですか……」
「数年前に有料の方に登録してたみたいなんだけど、忘れてて。最近あまり使ってなかったから」
「数年間お金を払い続けてたんですか?」
「そうみたい。でもそんなに高くなかったから大丈夫。高くなかったから気付かなかったのかもしれないけどね」
「普通気付きますよ。どれだけずぼらなんですか」
「口座の中身なんてろくに確認しなかったからなぁ」
「そのうち詐欺に引っかかりますよ」
 莉緒はいつもの溜息をつき、布団の上に両腕を投げ出す。
 その姿はいつもの彼女で、そこまで重症には見えない。昨日は顔が真青だったことを考えると幾分はマシになっているのだろうか。胸を撫でおろしながら私は寝ころんだままノートパソコンを開く。
「仕事ですか?」
「ううん。大した仕事はないから」
「良いご身分ですね」
「その分、夏休みは無給だけどね」
 立ち上がりの遅い旧モデルの駆動音を待ちながら欠伸をしてみる。
 午後二時。今日は公園にランニングに行ってもいないし、彼女に急かされて家事をした訳でもない。正真正銘何もしていない日。だったらもう少し自堕落を満喫しよう。
「プライム会員だとね、映画見放題なんだって」
「映画見るんですか?」
「いや?」
「ううん」
「じゃあ、見ようよ。どうせ莉緒は起きれないんだし」
 ようやくパスワードを入力し、デスクトップが開く。
 噂の見放題画面を開くと数々の映画やアニメが並んでいて、こんな良い暇つぶしがあったのだと驚く。まぁ、莉緒が来るまでの私が映画を一人で見たかと考えれば、恐らく見ていなかったと思うけど。
「莉緒ってどんな映画見るの?」
「えっと……」
「あまり見ない?」
「いや、結構見るんですけど、何でも見るかなって。麻里さんは?」
「私はそもそも映画を見ないかな」
 マウスホイールをクルクル転がし、ページを下げていくと様々なジャンルが出てくる。アクション、キッズ、アニメ、ドキュメンタリー、ホラー。
「あ、でもホラーは見ないです」
「そうなの? ホラー耐性強そうなのに」
「別に怖いって訳じゃないんですけどね。自分のこと比較的に現実主義だとは思ってるので」
「じゃあなんで見ないの?」
「……なんか、可愛そうだなって」
 画面を見つめながら放つ莉緒の言葉を私はもう理解できる。彼女の考えが段々と分かるようになってきた。
「ホラー映画って死ぬ人も死んだ人も可哀想じゃないですか。ゾンビとか幽霊とかを見てるとこの人達は死んでからも苦しんでるんだなって思っちゃいますし。死ぬ人は大抵恐怖の中で死ぬじゃないですか。それって、私の理想とは正反対なんですよ」
「そうだね」
「だから……って、あ、ごめんなさい」
 莉緒は言葉の途中で謝り、画面から目を背ける。
 その反応は今まで見たことが無くて私は驚く。理由を考えてみて、なるほどななんて笑う。
 多分、昨日話した私の過去のせい。
 私のトラウマを知って死について話すことを躊躇ってしまったのかもしれない。
「……優しいね」
「なんですか?」
「ううん。何でもない」
 間違っていた時には深読みした私が恥ずかしくなるから何でもないとはぐらかす。
 私は誤魔化し半分にまたページを下げていく。タイトルをぼんやりと口に出しながら一つづつ確認していく。
 映画を見ない私でも内容を知っている物が多い。有名作品の欄に差し掛かり、恐らく世間では名作なんて言われている物を眺めていく。
「死ぬまでにしたい10のこと……」
 そしてその中で地雷を踏む。
 あ、と読み上げた後声が漏れてしまい、反射で莉緒の顔を見てしまう。
 なにしてるの、私。
 何事もなく読み飛ばさなきゃ。
 緊張の中画面に向き直りマウスを動かした時、莉緒が口を開いた。
「それは見たくない、かな。自分自身で十分」
 私は返事をすることもできないままページを動かし、その映画を画面の外に追いやる。
「麻里さん、それ、見たことある?」
「え?」
「その映画」
「……ない、けど」
「そっか」
 莉緒は寝たまま突いていた肘を倒し、布団に顔を埋める。
 そのまま私に聞こえぬように彼女が布団の中に捨てた言葉を私の耳は拾ってしまった。
「十個じゃ、足りないよ……」
 その声は弱く弱く、震えていた。