「麻里さん今日はどこか行ったりするんですか?」
朝の目玉焼きを口に運ぶ私に、莉緒はいつもの様に予定を確認してくる。
私に予定がある方が珍しいのによく毎日聞いてくるもんだ。ここで首を振れば莉緒が今日の予定を提案するんだろう。でも今日はいつもの私ではない。
「ごめん。今日は予定あるんだ」
「お、珍しい」
「やっとかなきゃいけないことがあって」
「どこ行くんですか?」
「学校行って書類を出すのがメイン。あとは買い物とかかな。トイレットペーパー無くなりそうだし。あとは電気代とガス代を払いにコンビニ行って……」
教員採用試験の失態を学校側に報告されていないかひやひやしている。ただでさえ夏休みの部活動に一切顔を出していないのに、迷惑を掛けたと知られれば文句の一つや二つでは収まらないだろう。まぁ、部活の方は無給なんだから、とやかく言われる筋合いはないんだけど。
どちらにせよ面倒は嫌だ。見つからないように忍び込んでとっとと書類を渡してしまおう。
「学校ですか……」
「一緒に行く?」
「うーん」
不登校を自称している彼女にとってやはり学校は近づき難い場所なのか。いつもであれば私が出かける場所に必ず付いてくるはずなのに、悩むとは珍しい。
天秤にかけるようにして悩む彼女の助けになればと、私は外出のついでに立ち寄る場所を考える。
「あとは、本屋とか」
「あー。それは魅力的」
「旅行の買い物もしちゃう?」
「それ私行かないと駄目じゃないですかぁ」
とは言いつつも莉緒はまだ一緒に行くと言わない。
他にどこかあったっけ。何か大切な用事があったような……。
「あ、もう一つあった」
「どこです?」
莉緒は私に期待のこもった眼差しを向ける。でも、残念。そんなに嬉しい場所じゃない。
「良い場所じゃないよ。病院。ちょっと用事あって」
数日前の宿泊費の支払いをまだ済ませていない。受付のお姉さんにはいつでも大丈夫ですとは言われたが、流石に一週間以上時間を空けるのはマズい。覚えているうちに払っておかないと。忘れた頃にあの額面を見るのは、それだけで心臓に悪い。
「……病院、ですか?」
「うん。ちょっとね」
「どこか悪いんですか?」
「いや、ちょっと違くて」
「お見舞いとか?」
「まぁ、そんな感じ?」
「麻里さんにそんな知り合いいたんですね」
「まぁ、多少はいるでしょ」
妙に質問を投げかけてくる彼女に私は嘘を重ねていく。
一つの嘘は少しずつ膨らんでいき、少しずつ弁明する機会が失われていく。
「……ちなみにどこの病院ですか?」
「ん? 気になるの?」
「いえ、ちょっと」
莉緒は言葉を濁す。
「えっと、知ってるかな。駅の向こう側にある大学病――」
「――っ」
変なことは言わなかったはずだ。言わなかったはずなのに、彼女は過剰に反応した。
目は見開き、口は閉じられていない。まるで信じられない光景を目の当たりにしたような表情。
「どうした?」
「……いえ」
「私、何か変なことでも言った?」
「別に、何も変じゃないですよ」
「そう」
様子がおかしいのは確実だった。
ただそれ以上に踏み込むのが怖かった。
莉緒がこれ以上近づかないでくれと訴えているような感覚がして、躊躇ってしまう。
だから私は言及せずに、茶碗を手に取り箸を動かした。
今日の目玉焼きのお供はウスターソース。普段よりも刺激の強い味が口に広がり、白米が進む。
それなのに今度は莉緒から手を広げてくる。
「ねぇ、麻里さん」
「ん?」
「お見舞いに行くって、本当ですか?」
「……なんで?」
「いや、なんでって言われると、何とも言えないんですけど。……ごめんなさい。やっぱり何でもないです」
もしかして私の嘘がバレてるのだろうか。
バレているとしたらどこから?
莉緒を盗み見ると、もう話を終えたとばかりに食事に戻っている。
もし、これが私の嘘を晴らす機会なのであれば、私は正直に話すべきなんだろう。そうして亀裂を少しでも小さいうちに止めておかないと。
あぁ、もう。なんでこんなこと考えなきゃいけないんだ。
浮気をしたカップルでもないんだから、話してしまおう。別に私は悪くない。
「ごめん。……お見舞いは嘘」
「――っ! じゃあ……」
莉緒の目つきが鋭くなる。やはりバレているのか。
「うん。この間さ、私が朝に返ってきた日あったでしょ?」
「……はい」
「実は私、前日に倒れて病院に搬送されてたんだよね。だからその入院費を払いに行かなくちゃ……って」
「……え?」
心配したんだからと怒られるのかと思った。しかし、私の目の前にあるのはキョトンとした顔。
気の抜けたような音を喉から出す莉緒に、つられて私も返してしまう。
「え?」
「あ、いや。……続けてください」
「続けるも何もそれだけ。えっと……。熱中症? だったんだと思うけど、倒れちゃって。そのまま救急車で運ばれて。病院で一晩過ごして。それで結構な額を請求されちゃってさ。まいったよ」
私は次こそ来るであろうお怒りに備えるようにへらへらと笑って見せる。
だが返ってきたのは心配の声。
「なにそれ、大丈夫だったんですか!? なんで、言ってくれなかったんですか!」
「え?」
その心配は、私が搬送されていたことを予期していなかったような慌てぶり。
ウソがバレているのかどうなのか、分からなくなってきた。
「あ、もしかして麻里さんがその翌日に気分が悪いって横になったのも、それの影響ですか……? もう、本当になんで言ってくれなかったんですか!」
「いや、あれは多分違うと……」
「それに熱中症って。ちゃんと水分は取ってました? 緊張で頭に血が上っちゃったんですか?」
気づかなくてごめんなさいと謝りながら、私の不注意にも怒っていく。
正確に言えば熱中症なんてかかってないけど、この嘘は明かせない。パニックになって気絶しましたなんて言ったら、心配で済む話ではなくなってしまう。
それにそこまで話せば、私の過去も離さなければならなくなる。
「えっと……。ごめん?」
「なんで黙ってたんですか」
「心配すると思って」
「当たり前じゃないですか!」
この反応はどっちだ。
彼女はなぜ私の言葉にあんな反応をしたのだろう。
「……よかったです」
「なにが?」
「何でもありません」
「……そう」
私はまた目玉焼きと白米を口に運ぶ。
何度か咀嚼しながら彼女に質問するべきか考える。
勇気を振り絞って嘘を明かしたんだから、これくらい聞いても罰は当たらないだろう。
「なんでさっき、お見舞いが嘘だって分かったの?」
「…………。なんとなく。ですよ」
「それだけ?」
「それだけです。驚いたのも急に病院なんて単語を麻里さんが出すからです」
「そっか」
「それに麻里さん、嘘下手ですし」
「そうかな」
「はい」
それだったら私のトラウマも彼女に筒抜けになっているのか。
「で、結局どうする? 一緒に行く?」
「……ごめんなさい。遠慮しておきます。……病院、嫌いなので」
病院が好きな人間なんていない。ただ、莉緒の声色は妙に私の頭に残った。
「謝らなくていいよ。じゃ、旅行の買い出しは明日行こうか」
「はい」
病院が嫌いか。病院の場所を伝えた途端肩が跳ねていたのを覚えている。彼女の抱える問題になにか関係があるのだろうか。
お互いのことを詮索してはいけない。二人のルールでそう決めたが、やはり気にはなってしまう。
正直な所、彼女に直接聞かずとも調べられることはある。例えば。今日病院に言ったときに「藍原」の苗字を探してみたり。学校に行ったときに他の先生に聞き込みをしたり。
私がしようとすれば出来ることは沢山あるけれど、それをしたところで彼女の問題が解決する訳でもない。
知られたくないのなら私は知らないまま彼女と接する方を選ぼう。
「……麻里さん。ソースどうですか?」
「え、あぁ、まぁ嫌いじゃない。かな」
「上の空ですね」
「え?」
「病院で何か探そうと思いました? 別に何もありませんよ。麻里さんが考えてるものはなにもないです」
私はさっきの莉緒のように肩を跳ねさせる。
彼女は鋭い。まるで心を覗かれているみたいだ。
「……そんなこと考えてないよ」
「ほら。やっぱり、嘘、下手じゃないですか」
彼女の親、はたまた姉妹とか。そういった親族が病院にいてもおかしくはないと思った。親族の死を考える時間があれば、彼女の考えの深さにも納得がいく。って、とても不謹慎なことを考えてるな。
「私の周りはみんな元気ですよ。本当に、死とは無関係な普通の人ばかりです」
「……ごめん」
「いいんですよ。元はと言えば私が秘密にしているのが悪いんです」
彼女はいつもの笑顔を取り戻す。そこには先程の焦りは微塵も見えなかった。
彼女が反応したのは本当に病院という単語に対してだったのだろうか。考えたくはないが、私の問題が彼女に筒抜けになってしまっている可能性だってある。
私の不安定さを知っているとして。そんな中、私が病院に行くと言い出した。だからそれに反応した?
「莉緒さ」
「なんです?」
「莉緒の抱えてるもの。教えてはくれないんだよね」
「……そうですね」
「そっか。何でもない。ごめん」
じゃあ、逆に私は?
私は自分の過去を莉緒に打ち明けることができるのだろうか。
今の私はその問いに、首を横に振ることができない。
恐らく何かのタイミングがあれば、きっと彼女に話してしまう。それ程までに私は莉緒に心を開いてしまっている。
多分その時は近い。
私が心を開くことで、彼女も私に心を開いてくれればいいんだけど。
そんな淡い期待を膨らませながら過ごす朝。
夏も折り返し地点。
彼女との共同生活が終わるまでに、何かが起こる。それだけはなんとなくわかった。
朝の目玉焼きを口に運ぶ私に、莉緒はいつもの様に予定を確認してくる。
私に予定がある方が珍しいのによく毎日聞いてくるもんだ。ここで首を振れば莉緒が今日の予定を提案するんだろう。でも今日はいつもの私ではない。
「ごめん。今日は予定あるんだ」
「お、珍しい」
「やっとかなきゃいけないことがあって」
「どこ行くんですか?」
「学校行って書類を出すのがメイン。あとは買い物とかかな。トイレットペーパー無くなりそうだし。あとは電気代とガス代を払いにコンビニ行って……」
教員採用試験の失態を学校側に報告されていないかひやひやしている。ただでさえ夏休みの部活動に一切顔を出していないのに、迷惑を掛けたと知られれば文句の一つや二つでは収まらないだろう。まぁ、部活の方は無給なんだから、とやかく言われる筋合いはないんだけど。
どちらにせよ面倒は嫌だ。見つからないように忍び込んでとっとと書類を渡してしまおう。
「学校ですか……」
「一緒に行く?」
「うーん」
不登校を自称している彼女にとってやはり学校は近づき難い場所なのか。いつもであれば私が出かける場所に必ず付いてくるはずなのに、悩むとは珍しい。
天秤にかけるようにして悩む彼女の助けになればと、私は外出のついでに立ち寄る場所を考える。
「あとは、本屋とか」
「あー。それは魅力的」
「旅行の買い物もしちゃう?」
「それ私行かないと駄目じゃないですかぁ」
とは言いつつも莉緒はまだ一緒に行くと言わない。
他にどこかあったっけ。何か大切な用事があったような……。
「あ、もう一つあった」
「どこです?」
莉緒は私に期待のこもった眼差しを向ける。でも、残念。そんなに嬉しい場所じゃない。
「良い場所じゃないよ。病院。ちょっと用事あって」
数日前の宿泊費の支払いをまだ済ませていない。受付のお姉さんにはいつでも大丈夫ですとは言われたが、流石に一週間以上時間を空けるのはマズい。覚えているうちに払っておかないと。忘れた頃にあの額面を見るのは、それだけで心臓に悪い。
「……病院、ですか?」
「うん。ちょっとね」
「どこか悪いんですか?」
「いや、ちょっと違くて」
「お見舞いとか?」
「まぁ、そんな感じ?」
「麻里さんにそんな知り合いいたんですね」
「まぁ、多少はいるでしょ」
妙に質問を投げかけてくる彼女に私は嘘を重ねていく。
一つの嘘は少しずつ膨らんでいき、少しずつ弁明する機会が失われていく。
「……ちなみにどこの病院ですか?」
「ん? 気になるの?」
「いえ、ちょっと」
莉緒は言葉を濁す。
「えっと、知ってるかな。駅の向こう側にある大学病――」
「――っ」
変なことは言わなかったはずだ。言わなかったはずなのに、彼女は過剰に反応した。
目は見開き、口は閉じられていない。まるで信じられない光景を目の当たりにしたような表情。
「どうした?」
「……いえ」
「私、何か変なことでも言った?」
「別に、何も変じゃないですよ」
「そう」
様子がおかしいのは確実だった。
ただそれ以上に踏み込むのが怖かった。
莉緒がこれ以上近づかないでくれと訴えているような感覚がして、躊躇ってしまう。
だから私は言及せずに、茶碗を手に取り箸を動かした。
今日の目玉焼きのお供はウスターソース。普段よりも刺激の強い味が口に広がり、白米が進む。
それなのに今度は莉緒から手を広げてくる。
「ねぇ、麻里さん」
「ん?」
「お見舞いに行くって、本当ですか?」
「……なんで?」
「いや、なんでって言われると、何とも言えないんですけど。……ごめんなさい。やっぱり何でもないです」
もしかして私の嘘がバレてるのだろうか。
バレているとしたらどこから?
莉緒を盗み見ると、もう話を終えたとばかりに食事に戻っている。
もし、これが私の嘘を晴らす機会なのであれば、私は正直に話すべきなんだろう。そうして亀裂を少しでも小さいうちに止めておかないと。
あぁ、もう。なんでこんなこと考えなきゃいけないんだ。
浮気をしたカップルでもないんだから、話してしまおう。別に私は悪くない。
「ごめん。……お見舞いは嘘」
「――っ! じゃあ……」
莉緒の目つきが鋭くなる。やはりバレているのか。
「うん。この間さ、私が朝に返ってきた日あったでしょ?」
「……はい」
「実は私、前日に倒れて病院に搬送されてたんだよね。だからその入院費を払いに行かなくちゃ……って」
「……え?」
心配したんだからと怒られるのかと思った。しかし、私の目の前にあるのはキョトンとした顔。
気の抜けたような音を喉から出す莉緒に、つられて私も返してしまう。
「え?」
「あ、いや。……続けてください」
「続けるも何もそれだけ。えっと……。熱中症? だったんだと思うけど、倒れちゃって。そのまま救急車で運ばれて。病院で一晩過ごして。それで結構な額を請求されちゃってさ。まいったよ」
私は次こそ来るであろうお怒りに備えるようにへらへらと笑って見せる。
だが返ってきたのは心配の声。
「なにそれ、大丈夫だったんですか!? なんで、言ってくれなかったんですか!」
「え?」
その心配は、私が搬送されていたことを予期していなかったような慌てぶり。
ウソがバレているのかどうなのか、分からなくなってきた。
「あ、もしかして麻里さんがその翌日に気分が悪いって横になったのも、それの影響ですか……? もう、本当になんで言ってくれなかったんですか!」
「いや、あれは多分違うと……」
「それに熱中症って。ちゃんと水分は取ってました? 緊張で頭に血が上っちゃったんですか?」
気づかなくてごめんなさいと謝りながら、私の不注意にも怒っていく。
正確に言えば熱中症なんてかかってないけど、この嘘は明かせない。パニックになって気絶しましたなんて言ったら、心配で済む話ではなくなってしまう。
それにそこまで話せば、私の過去も離さなければならなくなる。
「えっと……。ごめん?」
「なんで黙ってたんですか」
「心配すると思って」
「当たり前じゃないですか!」
この反応はどっちだ。
彼女はなぜ私の言葉にあんな反応をしたのだろう。
「……よかったです」
「なにが?」
「何でもありません」
「……そう」
私はまた目玉焼きと白米を口に運ぶ。
何度か咀嚼しながら彼女に質問するべきか考える。
勇気を振り絞って嘘を明かしたんだから、これくらい聞いても罰は当たらないだろう。
「なんでさっき、お見舞いが嘘だって分かったの?」
「…………。なんとなく。ですよ」
「それだけ?」
「それだけです。驚いたのも急に病院なんて単語を麻里さんが出すからです」
「そっか」
「それに麻里さん、嘘下手ですし」
「そうかな」
「はい」
それだったら私のトラウマも彼女に筒抜けになっているのか。
「で、結局どうする? 一緒に行く?」
「……ごめんなさい。遠慮しておきます。……病院、嫌いなので」
病院が好きな人間なんていない。ただ、莉緒の声色は妙に私の頭に残った。
「謝らなくていいよ。じゃ、旅行の買い出しは明日行こうか」
「はい」
病院が嫌いか。病院の場所を伝えた途端肩が跳ねていたのを覚えている。彼女の抱える問題になにか関係があるのだろうか。
お互いのことを詮索してはいけない。二人のルールでそう決めたが、やはり気にはなってしまう。
正直な所、彼女に直接聞かずとも調べられることはある。例えば。今日病院に言ったときに「藍原」の苗字を探してみたり。学校に行ったときに他の先生に聞き込みをしたり。
私がしようとすれば出来ることは沢山あるけれど、それをしたところで彼女の問題が解決する訳でもない。
知られたくないのなら私は知らないまま彼女と接する方を選ぼう。
「……麻里さん。ソースどうですか?」
「え、あぁ、まぁ嫌いじゃない。かな」
「上の空ですね」
「え?」
「病院で何か探そうと思いました? 別に何もありませんよ。麻里さんが考えてるものはなにもないです」
私はさっきの莉緒のように肩を跳ねさせる。
彼女は鋭い。まるで心を覗かれているみたいだ。
「……そんなこと考えてないよ」
「ほら。やっぱり、嘘、下手じゃないですか」
彼女の親、はたまた姉妹とか。そういった親族が病院にいてもおかしくはないと思った。親族の死を考える時間があれば、彼女の考えの深さにも納得がいく。って、とても不謹慎なことを考えてるな。
「私の周りはみんな元気ですよ。本当に、死とは無関係な普通の人ばかりです」
「……ごめん」
「いいんですよ。元はと言えば私が秘密にしているのが悪いんです」
彼女はいつもの笑顔を取り戻す。そこには先程の焦りは微塵も見えなかった。
彼女が反応したのは本当に病院という単語に対してだったのだろうか。考えたくはないが、私の問題が彼女に筒抜けになってしまっている可能性だってある。
私の不安定さを知っているとして。そんな中、私が病院に行くと言い出した。だからそれに反応した?
「莉緒さ」
「なんです?」
「莉緒の抱えてるもの。教えてはくれないんだよね」
「……そうですね」
「そっか。何でもない。ごめん」
じゃあ、逆に私は?
私は自分の過去を莉緒に打ち明けることができるのだろうか。
今の私はその問いに、首を横に振ることができない。
恐らく何かのタイミングがあれば、きっと彼女に話してしまう。それ程までに私は莉緒に心を開いてしまっている。
多分その時は近い。
私が心を開くことで、彼女も私に心を開いてくれればいいんだけど。
そんな淡い期待を膨らませながら過ごす朝。
夏も折り返し地点。
彼女との共同生活が終わるまでに、何かが起こる。それだけはなんとなくわかった。