母に連れられて向かったのはICU(集中治療室)の前の廊下だ。美耶子は一命は取り留めたものの、打ち所が悪かったようで意識が戻らないという。そんな大変な状況でも、母はいつものように振舞ってくる。それが逆に辛くて、僕はまた自分を責めた。大きな窓からICUの中を覗くと、中央のベッドで眠る美耶子が見え、ゾッとするほどの数の管が繋がれている。そしてそのベッドのそばには、医療ドラマでしか見たことのない脈拍などを表示する機械がある。白衣を着た医者と沢山の看護師さんが忙|《せわ》しなく動いている。みんな、美耶子のために頑張ってくれているのだ。
「翔太、心配しなくていいから。お医者さんたちを信じよう」
母はやはり気丈に振る舞った。僕は小さく頷くしかなかった。

それでも心配なのは変わりがない。美耶子は未だ眠ったままだ。ふと壁の時計を見れば、もう既に午後の6時を指している。母は恐らくずっとここで見ているつもりなのだろう。
「翔太」
母が数時間ぶりに口を開いた。お互い疲れていて、まともに話していなかったのだ。
「何?」
「もう6時だから、家に帰りなさい。お父さんが迎えに来るから」
「え? 嫌だよ。僕だってーー」
「ダメ! 帰りなさい。明日も学校あるんだから」
それもそうだろう。仕方ない。
「分かった」
そしてまた、廊下は静寂に包まれた。相変わらず室内は慌ただしい雰囲気だけど。

ーー美耶子、ごめんな。僕が一緒に行かないばかりに。じゃあさ、目が覚めたら前行きたがってた映画観に行こう。それで許してくれよ。

「母さん、翔太」
声に、2人同時に顔を上げる。父だった。
「翔太、帰ろう」
大きな手に引かれ、僕はICUの廊下を後にした。