店に帰ると、裏に回って自宅の玄関から入る。「おじゃまします」と小声で言いながら、弥生ちゃんがそろりとあとに続いた。
家の一番奥にある和室の障子の向こうへ、廊下から声をかける。
「ばあちゃん、起きてる?」
「おや、珍しい。どうぞ」
しばらく伏せっていたが、思いの外元気そうな声が返ってきて、ほっと胸を撫で下ろす。
祖母は、同じ家に住んでいるのに珍しく部屋まで訪ねてきた俺に目を細めつつ、すぐ後ろに立つ小さな女の子を目敏く見つけた。
「またこれは、可愛らしいお客さんだね」
「弥生ちゃん。店の常連さんの娘さんなんだ」
自分でも名乗りながらペコリと頭を下げた彼女を、祖母はにこやかに迎え入れた。
「ドングリのシフォンケーキの作り方を教えて欲しいんだ」
弥生ちゃんがここにいる経緯を手短に話し大量のドングリを見せると、祖母は少なからず驚いたようだ。
「シフォンなら材料費は安くすむし、嵩もあるから見栄えもするだろう? 椎の実を入れたら、ちょっとしたアクセントにもなると思うんだ」
「ふーん」
俺の考えに祖母は面白そうに口もとを動かした。
「いいだろう。久し振りに腕を鳴らそうかね。っと、その前に弥生ちゃん、おうちに連絡はしたかい?」
祖母に言われて俺と弥生ちゃんは、顔を見合わせ目を見開いた。マズい! このままじゃ俺、少女誘拐犯になってしまう。
慌てて弥生ちゃんがポシェットからキッズ携帯を取り出してボタンを押した。数コールのあと通話が始まったが、焦って要領を得ない彼女の説明に、相手が困惑している様子が伝わってくる。
俺が電話を替わろうと手を伸ばすと、祖母が先に取り上げてしまった。
「もしもし、お電話変わりました。椎名です。――そう、そうなのよ。お久し振りねぇ。お元気? いいえぇ、うちはまったく構わないの。少し年寄りの相手をしてもらいたくてね。じゃあ、夕方までお預かりするわ。えぇ、気にしないで。ちゃんとお宅まで送り届けますから。はい。では、失礼します。
――これでよしっと。おばあさんにはちゃんとお話ししておいたから、大丈夫よ」
よく分からないうちに話が付いたようだ。さすがは元婦人会会長の人脈。
「兎にも角にもお昼にしましょう」
呆気にとられている俺たちに祖母が明るく言うと、柱時計がちょうど正午を指し示していた。