母親の趣味でメルヘンに飾られた店内を珍しそうに眺めて感嘆の声を上げる女の子を、片隅にある小さなテーブルセットの椅子に座らせる。
彼女は、斜めがけのポシェットから取りだした財布を握りしめていた。そこに黒マジックで書かれていた名前を、ちらりと確認する。
「ええっと。やよいちゃん、でいいのかな? お兄さんはここのケーキ屋の息子で椎名悠樹。24歳独身。家事手伝い2年生……って、これはお母さんに教えなくっていいからねっ!」
「はい、高坂弥生です。小学1年生です」
素直に返事をした弥生ちゃんは、ちょっとだけ固い声で自己紹介した。学校などで、むやみに名乗っちゃいけないとか言われているのかもしれない。お母さんに似てしっかりした子だ。
「弥生ちゃん。ケーキが欲しいって言ったけど、お金は? 持ってる?」
「はいっ! おばあちゃんのお手伝いをしてためました」
誇らしげにツルツルの頬を赤く染めると、キャラクター柄のポシェットの中身をテーブルにぶちまけた。それは主に茶色い硬貨ばかりで、しめて386円也。
うん、頑張ってお手伝いしたんだね。
「う~ん、これだとショートケーキひとつがやっとだな」
「大きいの、ダメですか?」
俺の渋いつぶやきに落胆の色を濃くさせた弥生ちゃんは、しょんぼりと俯く。
「こっちのイチゴが乗っているのじゃダメなの?」
当店自慢のショートケーキを提案するも、彼女はふるふると頭を振り、黒目がちの大きな瞳に光るものを溜め始めてしまう。
「お母さん、いっつもおいしいねってニコニコしながらケーキを食べるのに、ほとんどあたしにくれちゃうんです。だから大きなケーキなら、おなかいっぱい食べられると思って」
半べそで力説する。ううっ。こっちの涙腺がやばい。
親父に頼んで俺のバイト代から出してあげるのは簡単だけど、それでは30円の節約に励んでいる母親の努力を無駄にしてしまうような気がした。
安くて大きなケーキねぇ……。何気なく目をやった窓の外を舞う枯れ葉に、突如として名案が閃いた!
「親父ー、今日は、店休ませてもらうからなっ!」
俺は厨房に向けて叫ぶと、弥生ちゃんの小さいけれど温かい手を取り立ち上がらせる。
「行こうっ!」
高らかにドアベルを鳴らして外に飛び出す。後ろからなにやら怒鳴り声が聞こえたけれど、もちろん無視して秋の爽やかな空気の中を弥生ちゃんと一緒に駆け出した。