386円のバースデーケーキ

 ピッカピカに磨いたガラスのショーケースに並ぶのは、卵の味がしっかりと感じられるカスタードをたっぷりと詰めたシュークリーム。
 丁寧に裏ごししたサツマイモで作った滑らかなプリン。
 ホックホクのカボチャのタルトに、甘く煮詰めた林檎のフィリングを歯触りの良いのパイ生地で包んだアップルパイ。
 真っ白な生クリームの上にちょこんと乗った赤いイチゴがそそるショートケーキは、不動の一番人気。

 どれもこれも、ご近所の皆様に愛されて創業53年。『椎の実洋菓子店』二代目店主である親父の渾身の品ばかりだ。

「だけど絵面が地味だよな~。もっとこう、キラキラしく華やかにしないと、駅前にできたパティスリーなんとかとやらに、客を持ってかれやしないか?」

 ガラスを拭いていたクロスを片手に悪態を吐いてみれば、すかさず後ろから蹴りが飛んできた。

「文句を言うなら、てめえが作れ」

 高々と片足を上げたくせに、銀のトレーにキレイに並べた商品を1mmも崩さないところはさすが職人芸と称えるべきか?

「ってぇな。やなこった。誰がこんなシケた店、継ぐか」

「なら、さっさと就職先を見つけることだな。いつまでタダ飯を貪り食うつもりだ」

 甘~いスイーツからはほど遠い厳つい顔で、就活が見事に失敗し家業の手伝いをするという名目で帰郷した愛息に、容赦ないダメ出しをする。

 心についた深い傷を癒やすため、親父がショーケースに几帳面に並べているケーキのひとつをかすめ取ってパクついた。

「おっ。栗? 秋だねぇ」

 しっとりとしたスポンジ生地に甘さ控えめの生クリームをたっぷり塗って、贅沢にも和栗の渋皮煮をひと切れにひと粒入れたロールケーキ。
 シンプルだけど季節を感じさせる限定品は、ご近所の奥様方から絶大な支持を得ている。

 つまみ食いをした俺を鬼の形相で睨みつける親父を横目に、指についたクリームを舐め取りながらチラッと店の鳩時計に目を移す。

 午後3時前。彼女が来るまでにはまだまだ時間があった。

*

 あれは、梅雨入りももう間近という日の午後8時の閉店間際。木製の扉に掛けてあるプレートを『OPEN』から『CLOSED』に変えようと表に出ると、息を切らした女の人が声をかけてきた。

「すみません。もう終わりですか?」

 ハァハァと呼吸を整えながら額に汗をかいているその人に、俺は営業用のスマイルを満面に浮かべて応える。

「大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」

 ドアベルを鳴らして大きく扉を開けてやると、彼女は消え入りそうな声でもう一度「すみません」と言って、絶えず甘い香りの漂う店内に入っていく。
 ケースの中はすでに売り切れになってしまったものも多くて種類は限られていた。それでも食い入るように吟味する彼女を、不審に思われない程度に観察した。

 いまどき貴重な丹波の黒豆並みに艶やかなストレートの髪は、後ろでひとつに括られている。地味なライトグレーのジャケットとシンプルな白いブラウス。膝下丈のセミタイトスカートの裾からスラリと伸びた足下には、飾りのない黒のプレーンパンプス。

 ほんの一年ちょっと前までは嫌と言うほど目にしていた大学の同期生のそれと重なり、思わず顔が苦い思い出に歪む。

 就活生か? それにしては、化粧っ気の少ない顔が俺よりやや年上にも見えた。

 と、彼女が顔を上げる。俺の不躾な視線に気付かれたのかと焦ったが、違ったようだ。

「あの。このシュークリームとロールケーキをひとつずつ、でもいいですか?」

 180円のシュークリームと200円のロールケーキの注文に恐縮する様子に、俺は少々の後ろめたさもあって、にっこりと笑ってみせた。

「もちろんです。ありがとうございます」

 淡いグリーンに茶色のインクでドングリの絵と店のロゴが印刷された箱に、丁寧に詰めて脇に保冷剤を置く。
 小さな紙箱を手渡したときに見せたほっこりと嬉しそうにはにかんだ笑みに、不覚にも俺の心臓はど真ん中を打ち抜かれたのだ。

 その日以来俺は、毎月月末になると店を訪れる彼女を心待ちにするようになっていた。


 鳩が午後6時を告げた。すでに日が落ちた表通りは人影も少なく、まばらにある電灯と家々からもれる灯りが道を照らしている。

 地道にチラシを折っていた俺は、ドアベルの音に顔を上げた。

「いらっしゃいませ。高坂(こうさか)様」

 待ち人来たる。俺はこの数ヶ月の間に、ケーキ屋の息子=スイーツ男子=草食男子という世間一般の誤解を最大限に利用し、警戒心を起こさせないよう慎重にいくつかの情報を引き出していた。

 高坂さんはもうすぐ30才(!?)。駅向こうの法律事務所に勤める事務員さんで、なんと小一の娘さんを持つシングルマザーだ。  

「こんばんは」

 ふわりと笑う彼女はとても子持ちには見えないが、女手ひとつで子どもを育てていくのはやはり大変らしく、いつも少し疲れた様子だった。

 ケースの中をひと回り見渡した彼女が、こてりと小首を傾げる。その視線の先には、本日より発売を開始した和栗のロールケーキ。

「すみません、いつものロールケーキは売り切れちゃって。でもそれ、期間限定なんですよ。いかがですか?」

「へぇ、栗かぁ。美味しそう。……でも」

 プライスカードを見てちょっと顔を曇らせる。いつものロールケーキより30円ほど高いのだ。

「ごめんなさい。今日はシュークリームふたつにします」

 申し訳なさそうにするのが、かえって申し訳ない。

「いえいえ。いつもありがとうございます」

 ありったけの笑顔で対応すると、彼女もほっと気を緩めたようだ。
 俺は商品を詰め終えた小さな箱に、刷り上がったばかりのチラシを添えてを渡す。

「少し気が早いけど、今年のクリスマスケーキのお知らせです。俺のお薦めは、これとこれ」

 チラシの写真に丸を付けてから裏返し、白紙のそこにペンを走らせる。

「これは俺の携帯番号とID。人気の商品はすぐ予約で埋まっちゃうから、よかったら連絡ください」

 自分でもかなり強引かとは思ったけど、高坂さんは大人の対応で笑って受け取ってくれた。



 日本晴れの見本のような青空が広がった数日後の週末。その間、俺のスマホに待ち望んだ着信はなかった。

 開店前の掃除をしようと箒を片手に扉を開けると、どこからともなくやってくる落ち葉の山が吹き溜まりに築かれていてげんなりする。
 いっそのこと、庭で焼き芋でもしようか。そう思ってしまうほど、掃いても掃いてもきりがない。

 集めた落ち葉をひとまずゴミ袋に詰め込んで戻ると、小さな女の子がガラス窓から店内を覗きこんでいた。

「お客さん?」

 後ろから俺がかけた声に、ビクッと肩が跳ねかせてこちらを振り返った少女が握っている紙に驚いた。まだ店で配り始めていないそれを持っている人は限られている。

「えぇっと、もしかして高坂さん……の娘さん、かな?」

 腰を屈め視線を合わせて尋ねてみると、コクンと小さな頭で頷く。揺れたふたつの三つ編みは彼女と同じ黒豆色だ。

「あのっ! これみたいなケーキ、買えますか?」

 チラシにあるクリスマス用のデコレーションケーキを指差して見つめられた。

「丸いおっきなケーキが欲しいんです。……お母さんのお誕生日だから」

 俺は突然もたらされた重要機密に目を瞬かせた。

「え? 今日が?」

 再びお下げが揺れ、これはいい情報を聞いたとにたりと笑う。

「で、お母さんは? ひとりで来たの?」

「お母さんはお仕事に行きました。帰ってきたらビックリさせようと思って」

「そっか。とにかくお店に入って」

 小さな背中を押して、開店の準備で一段と甘く香る店内へと誘った。



 母親の趣味でメルヘンに飾られた店内を珍しそうに眺めて感嘆の声を上げる女の子を、片隅にある小さなテーブルセットの椅子に座らせる。

 彼女は、斜めがけのポシェットから取りだした財布を握りしめていた。そこに黒マジックで書かれていた名前を、ちらりと確認する。

「ええっと。やよいちゃん、でいいのかな? お兄さんはここのケーキ屋の息子で椎名悠樹(しいな ゆうき)。24歳独身。家事手伝い2年生……って、これはお母さんに教えなくっていいからねっ!」

「はい、高坂弥生です。小学1年生です」

 素直に返事をした弥生ちゃんは、ちょっとだけ固い声で自己紹介した。学校などで、むやみに名乗っちゃいけないとか言われているのかもしれない。お母さんに似てしっかりした子だ。 

「弥生ちゃん。ケーキが欲しいって言ったけど、お金は? 持ってる?」

「はいっ! おばあちゃんのお手伝いをしてためました」

 誇らしげにツルツルの頬を赤く染めると、キャラクター柄のポシェットの中身をテーブルにぶちまけた。それは主に茶色い硬貨ばかりで、しめて386円也。
 うん、頑張ってお手伝いしたんだね。

「う~ん、これだとショートケーキひとつがやっとだな」

「大きいの、ダメですか?」

 俺の渋いつぶやきに落胆の色を濃くさせた弥生ちゃんは、しょんぼりと俯く。

「こっちのイチゴが乗っているのじゃダメなの?」

 当店自慢のショートケーキを提案するも、彼女はふるふると頭を振り、黒目がちの大きな瞳に光るものを溜め始めてしまう。

「お母さん、いっつもおいしいねってニコニコしながらケーキを食べるのに、ほとんどあたしにくれちゃうんです。だから大きなケーキなら、おなかいっぱい食べられると思って」

 半べそで力説する。ううっ。こっちの涙腺がやばい。

 親父に頼んで俺のバイト代から出してあげるのは簡単だけど、それでは30円の節約に励んでいる母親の努力を無駄にしてしまうような気がした。

 安くて大きなケーキねぇ……。何気なく目をやった窓の外を舞う枯れ葉に、突如として名案が閃いた!

「親父ー、今日は、店休ませてもらうからなっ!」

 俺は厨房に向けて叫ぶと、弥生ちゃんの小さいけれど温かい手を取り立ち上がらせる。

「行こうっ!」

 高らかにドアベルを鳴らして外に飛び出す。後ろからなにやら怒鳴り声が聞こえたけれど、もちろん無視して秋の爽やかな空気の中を弥生ちゃんと一緒に駆け出した。


 向かった先は、歩いて5分走って3分の稲荷神社。奇跡的に空襲を免れた社殿は年季が入ったオンボロだけど、数年前に塗り替えられた鳥居の朱色はまだ鮮やかだ。

 短い参道を進み、黒ずんで文字が読み難くなった賽銭箱の前まで来ると、弥生ちゃんに右手を差し出した。

「十円玉一枚、ちょうだい」

 まだ肩で荒く息をしながら不思議そうな目で俺を見る彼女が、ファスナーに手をかけ小首を傾げる。そんな仕草は彼女にそっくりだ。
 意味が通じなかったかな。ためらいつつ取り出した硬貨を彼女から受け取ると、チャリンと賽銭箱に投げ込む。

「食材をタダでもらっちゃ悪いだろう?」

 鈴を鳴らして柏手を二度打つと、弥生ちゃんを促した。

「ほら。美味しいケーキが作れますように、ってお願いしなくっちゃ」

 ふたり並んでの参拝を済ませ、色とりどりの落ち葉が敷き詰められた境内の片隅に、どっしりとそびえる椎の木の根元に立つ。

「じゃあ、ドングリ拾いを始めよう」

「ドングリって?」

 近頃の子はドングリも知らないのか? 俺は足下から小さな木の実をつまみ上げて見せた。

「これのこと。たくさん拾って、これでケーキを作るんだ」

 店から失敬してきたレジ袋を渡してしゃがむ。枯れ葉をかき分けてドングリを探す俺に釣られるように、弥生ちゃんも訳が分からないなりにせっせと拾い始めた。

 お互い無言で時が過ぎる。俺が子どもの頃より数が減っているのか、なかなか袋がいっぱいにならず、夢中になって境内中を探し回っていた。

 ようやく袋半分ほどになったところで、弥生ちゃんに声を掛けてみる。

「どう? ……って、すごいね」

 弥生ちゃんのレジ袋は山盛りにドングリが詰まっていて、持ち上げるとポロポロとこぼれ落ちるほど。

「着物を着た女の子が手伝ってくれたんです」

 彼女が「あれ、どこ行ったの?」と辺りを見渡す。着物? 七五三?? だけど俺たち以外、静かな境内には人っ子ひとりいやしない。

 おいおい、そういうの苦手なんだから勘弁してくれよ。背筋に嫌な汗がひと筋流れたが、気を取り直す。ここは神社、お稲荷さまのお膝元だ。おかしなものなどいやしない、いるはずがない、ということにしておこう。

「よし! これだけあれば大丈夫だな。店に戻ろう」 

 両手に分けたドングリを持って鳥居をくぐると、威勢の良い声で呼び止められた。

「よう! 悠樹じゃねえか、久し振り」

「あぁ? 俊哉(としや)か」

 目を眇めて久しぶりに会った同級生を見る。ご近所なのに、こっちに戻ってきてからも、朝早いヤツとは活動時間帯が違うのか、顔を合わすこともなかったとあらためて思った。

「豆乳飲んでかないか? 旨いぞ」

「いらねぇよ」

 町内でも指折りの老舗豆腐屋の跡を継いだ俊哉は、毎日新鮮な豆乳を飲んでいるせいかお肌が艶々でなんだか癪に障る。

「ん? そっちのお嬢ちゃんは、おまえの子か?」

「ンなわけねぇだろうが」

 いったいいくつのときの子だよ。その頃はおまえらとつるんでばかりで、彼女なんてできなかったのを知っているくせに。
 心の中で悪態をつく俺に構わず、俊哉は屈んで彼女の頭を撫でている。

 気安く触るな! 気分はすっかり父親だ。

「あぁなんだ、高坂さんちのお孫さんだ。大きくなったなぁ」

 俺よりずっと早く社会人になったヤツの言い方は、まだ二十代半ばなのに妙にオヤジ臭い。

「知っているのか?」

「おばあさんとたまに買い物に来てくれるんだよ。なぁ?」

「はい。このお豆腐屋さんのがんも、すっごくおいしいです」

 子どものお世辞に相好を崩して、彼女の頭を更にわしゃわしゃと撫で繰り回す。

「そうだろう? ウチの自慢の品だからな。よしっ! これ、持ってけ」

 ポリ容器に入った豆乳と(くだん)のがんもを二枚、ビニール袋に入れて渡す。
 父子揃ってこんな調子だから、味は折り紙付きなのに経営が大変だと、幼なじみの母親同士で笑いながらぼやいていたっけ。

 昔ながらの商店街ではよく聞くあるあるだ。



 店に帰ると、裏に回って自宅の玄関から入る。「おじゃまします」と小声で言いながら、弥生ちゃんがそろりとあとに続いた。

 家の一番奥にある和室の障子の向こうへ、廊下から声をかける。

「ばあちゃん、起きてる?」

「おや、珍しい。どうぞ」

 しばらく伏せっていたが、思いの外元気そうな声が返ってきて、ほっと胸を撫で下ろす。

 祖母は、同じ家に住んでいるのに珍しく部屋まで訪ねてきた俺に目を細めつつ、すぐ後ろに立つ小さな女の子を目敏く見つけた。

「またこれは、可愛らしいお客さんだね」

「弥生ちゃん。店の常連さんの娘さんなんだ」

 自分でも名乗りながらペコリと頭を下げた彼女を、祖母はにこやかに迎え入れた。

「ドングリのシフォンケーキの作り方を教えて欲しいんだ」

 弥生ちゃんがここにいる経緯を手短に話し大量のドングリを見せると、祖母は少なからず驚いたようだ。

「シフォンなら材料費は安くすむし、嵩もあるから見栄えもするだろう? 椎の実を入れたら、ちょっとしたアクセントにもなると思うんだ」

「ふーん」

 俺の考えに祖母は面白そうに口もとを動かした。

「いいだろう。久し振りに腕を鳴らそうかね。っと、その前に弥生ちゃん、おうちに連絡はしたかい?」

 祖母に言われて俺と弥生ちゃんは、顔を見合わせ目を見開いた。マズい! このままじゃ俺、少女誘拐犯になってしまう。

 慌てて弥生ちゃんがポシェットからキッズ携帯を取り出してボタンを押した。数コールのあと通話が始まったが、焦って要領を得ない彼女の説明に、相手が困惑している様子が伝わってくる。

 俺が電話を替わろうと手を伸ばすと、祖母が先に取り上げてしまった。

「もしもし、お電話変わりました。椎名です。――そう、そうなのよ。お久し振りねぇ。お元気? いいえぇ、うちはまったく構わないの。少し年寄りの相手をしてもらいたくてね。じゃあ、夕方までお預かりするわ。えぇ、気にしないで。ちゃんとお宅まで送り届けますから。はい。では、失礼します。
――これでよしっと。おばあさんにはちゃんとお話ししておいたから、大丈夫よ」

 よく分からないうちに話が付いたようだ。さすがは元婦人会会長の人脈。

「兎にも角にもお昼にしましょう」

 呆気にとられている俺たちに祖母が明るく言うと、柱時計がちょうど正午を指し示していた。


「まずはドングリの殻を剥かなくちゃね」

 昼食前に祖母は、塩水を張った大きなボールにドングリを漬けておいた。そこから浮いてきたものを取り除き、残りをザルに上げる。
 俺がペンチで殻にひびを入れ、それを弥生ちゃんとばあちゃんがひたすら剥く。
 延々と続くかと思われた作業がようやく終わった頃には、みんな手が痺れるほどくたくたになっていた。

 剥いた実をミルにかける。するとあっという間に、山盛りだったドングリは、がっかりするほど少ない粉末になってしまった。

 ここからは、通常のシフォンケーキの作り方とほぼ同じ。コツは卵白をしっかり泡立てること! ……これが地味にキツい。
 親父にハンドミキサーを借りてこようとしたら、祖母にペしりと手を叩かれた。

「卵白の泡立ては、ケーキ職人の基本!」

 って、俺、違うし。だけど逆らえるはずもなく。殻剥きで疲労した腕をさらに酷使し、意地になって泡立て器を振り回すことになった。

 先に別のボールで卵黄、砂糖、サラダ油などを丁寧に混ぜ合わせておく。ここで、さっき俊哉にもらった豆乳が役に立った。牛乳の代わりにすればヘルシーにできる。

「失敗するといけないから、今回はほんの少しだけベーキングパウダーを使おうね」

 祖母の指示に従い、まとめて(ふるい)にかけた粉類を少しずつ混ぜ滑らかにしていく。この辺の作業は比較的簡単なので、弥生ちゃんにも存分に手伝ってもらった。

 そこへ俺が身を粉にしてツヤツヤの角がピンっと立つまで泡立てたメレンゲを、数回に分けて混ぜる。泡を消さないように慎重に。

 それを型に流し込んだら、あとはオーブンにお任せ。オレンジ色に光る庫内を、弥生ちゃんと祈りながら熱い視線で見守っていた。

 生地がモコモコと型からはみ出るくらいに膨らめば、自然と拍手喝采が上がる。

 待ちくたびれたチンという音に顔を見合わせてそっと扉を開けると、熱気とともに香ばしい匂いがふわりと立ち上った。