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 俺が初めてお客様に作った386円(お賽銭十円を含む)のケーキは、あの新しい家族に幸せをもたらしたのだろうか。

 数日後の昼下がり。ショーケースに頬杖をついて考えていた。

 手のひらに乗せられた代金の重みと嬉しそうな母娘の笑顔が、いつまでたっても頭から離れない。これはもう、覚悟を決めるしかないだろう。

 厨房の入口から、中で作業をしている父親に声をかける。

「親父! 俺、来年の春になったら、また東京に行くよ」

「あぁ?」

 不機嫌な声で顔を上げた父に向け、片方の口の端を上げてニヤリと笑う。

「製菓の専門学校に通うから、いろいろとよろしく!」

「――ふん、まだスネを囓る気か。卒業したら、学費の分はきっちり働いて返してもらうからな。覚えておけよ」

 そう言った親父の立てる泡立て器の音は、軽快なリズムを刻んでいた。



 * * *



 月明かりの下、神社のすだ椎の枝に腰掛ける影があった。
 ぽっかりと空いた(うろ)の奥。暗闇で丸まっていた茶色の毛皮の中で光る、まん丸い大きな瞳に向け話しかけている。

「彼奴等、そなたの冬支度の食糧をごっそりと持っていっておいて、銅貨一枚しか置いていかなんだ。まったく困ったものじゃ」

 三角耳の付いた影が溜息を吐くと、暗い穴の中の眼がキョロキョロと動き、やがて諦めたように閉じられる。

「じゃが、しふぉんけーきとやら、妾も食してみたかったのう」

 ゆうらゆうらと楽しげに、ふさふさした尻尾が六本、高い木の上で揺れていた。



 ―― 完 ――