空き瓶に逆さに立てて冷ましている間に、俺たちはようやくひと息ついた。

 俺の代わりに店番をしているお袋が、焼き損じたクッキーを持ってきてお茶を淹れてくる。それを嬉しそうに頬張る弥生ちゃんを見ていると、食べ飽きた少し焦げのあるクッキーもやけに美味しく感じるから不思議なものだ。

 粗熱が取れたら型から慎重に外す。山型のケーキが台の上に乗ると、弥生ちゃんから拍手がわき、俺は安堵の溜息を漏らす。

 型にこびりついた生地を擦り取って口に入れると、まずまずの出来に頷いた。弥生ちゃんの口にも同じように放り込んでやると、目をパチパチさせてニカっと笑った。それが味に対する答えだろう。

 しかし問題がひとつ。この茶色い山の見栄えを、もう少しバースディケーキらしくできないものか。

 せっかく上手く焼き上がったのに眉間にしわを寄せて考え込んでいる俺を、弥生ちゃんが母親と同じアーモンド型の眼で心配そうに見上げる。

「お金、たりませんか?」

「いや、そういうわけじゃないよ」

 というわけでもない。欲しい。生クリームが欲しい。
 俺の切実な願いが通じたのか、キッチンがある2階へと続く階段を上る重たい音がした。

「上手くできたのか?」

 親父が顔だけ覗かせ、シフォンケーキを一瞥して鼻を鳴らす。

「ふん、まあままだな。お嬢ちゃん、これはお得意さんへのおじさんからのプレゼントだ」

 銀色のボールを渡された弥生ちゃんが、俺の元へと持ってきた。

「親父……」

「勘違いするな。仕事をさぼったおまえにじゃないからな」

 言い捨てるとさっさと店へ戻っていく。俺の手元に残されたのは、ボールいっぱいのほわほわ生クリーム。

 スポンジケーキじゃないから、あえてパレットナイフの跡を活かしてクリームを塗りたくると、茶色い山は、瞬く間に真っ白な雪山へと変身した。

「あのチラシとおんなじだぁ」

「だいぶ違うけど」という言葉はあえて口にしない。彼女の目に同じように映るのなら、それでOK。

 仕上げに、これまたお袋の差し入れである崩れたマロングラッセを刻んで散らし、ばあちゃんが残ったクッキーにアイシングして作ったプレートを飾れば、立派なバースディケーキが完成した。

「すごい! すごい!!」

 はしゃぐ彼女を横目に、慎重に慎重を重ねて箱に入れると、ガチガチに肩に入っていた力がストンと落ちる。こんなに緊張したのは、就活の面接以来かもしれない。

 できあがりのタイミングを図ったように、下からお袋の呼び声が聞こえた。