「いいよの、ありがとうね。さつきの傍に居てくれて」


「いえ」


「居てくれて良かったわ。あの子も安心したでしょうね。そうだ、夜ご飯食べない? こんな時間だし、お腹空いてるでしょ?」




時計を見ると、19時半前。
確かに腹は減ってるけど。




「ありがとうございます。でも今日は遠慮します。是非また、誘ってください」


「そうよね。お家でご飯準備してるわよね。急に誘ってごめんなさい」


「いえ、ありがとうございます。嬉しかったです」




俺が居なくても、もう大丈夫だな。
2階に荷物あるから取って来ないと。




「俺、帰ります」


「聖夜くん、今日はありがとう。またいらっしゃいね」


「はい」




なるべく音を立てないようにそっと部屋の中に入る。
あいつはすやすやと眠ってるみたいだ。




「……ねぇ」




一応、声をかけてみる。
反応はない。




「寝てるか……」




壁側に置いてる鞄に手を伸ばしたとき、




「……ふ、ぅ……」




小さく、掠れた声がした。


……え?



ゆっくり顔を覗くと―――泣いていた。









起きてるかと思ったけど、眠っている。




「……ゆう、ちゃ……」


「―――……っ」




その声に、胸が締め付けられる。


痛い。
胸のところ、すっごい痛い。


なんで、だって、蓋した筈なのに。




「ゆう、ちゃん……」




夢に出てくる程、“悠二”が好きなわけ?
大体2年も離れてるのに、なんで好きで居られるの?


たまに手紙が来るだけなのに。


あぁ、もう。
本当、全部やだ。


涙で濡れるまつ毛を指ですくって、頭を撫でる。
さらっとして、柔らかい髪の毛。




「……さつき……」




小さく呼んで、額に唇を落とした。


俺のことを、悪魔とか意地悪とか、わがままって言う女は、あんただけだよ。


“悠二”が好きで堪らなくて、“悠二”しか見えてないのに。


あー…なんであんたなんかに。


ただ、苦しいだけなのに。
勝ち目なんてこれっぽっちも無いのに。


いっそ俺の目の前で、“悠二”とさつきがキスでもしてくれたらいい。
そしたら俺は諦められるし、応援だって出来る。


この気持ちは、仕舞っておこう。
蓋をして、そして忘れてしまおう。


そうすればきっと、痛くない。










想えば想うほど、胸は苦しくなる。


好きだと呟けば呟くほど、虚しく感じるの。


もっと私に傷をつけて。
立ち上がれないほどに、傷つけて。


この傷が深ければ深いほど、あなたと私の絆も深く、深くなる。













ゆうちゃんの夢を見た。
ゆうちゃんが私の名前を、私の大好きな声で呼ぶ。


私もゆうちゃんの名前を呼ぶけれど、身体は何故か動かない。
ゆうちゃんは私の名前を呼びながらだんだんと、遠くなっていく。


待って、ゆうちゃん。
行かないで。


私、もう、ゆうちゃんと離れたくないの。


ねぇ、やだ。


行っちゃやだ。


行かないで―――……!




「さつき!!」




ハッと、目が覚める。
目の前には瑞希が居た。




「……みず、き……?」


「大丈夫? 凄くうなされてたよ」











授業中に気分が悪くなった私は、保健室で寝ていた。
授業は終わったみたいで、心配して瑞希はお見舞いに来てくれていた。


起き上がろうとした時、頬に何かが伝った。




「……あ」




触ってみると、濡れていた。


私、泣きながら眠っていたの?




「さつきね、凄かったよ。“ゆうちゃん、行かないで”ってずっと言ってた。繰り返し言ってるから起きてるんじゃないかと思ったよ」


「えぇ!? 早く起こしてよ!」




は、恥ずかしい!
ゆうちゃんの夢見て寝言言ってたなんて!




「何回も声かけたけど、全然起きてくれなかった」




うぅ~……!!
瑞希は決して悪くないのに、恥ずかしさに苛立ちが湧いて行き場が無い。


ミーンミーンと、蝉の鳴き声が聞こえる。
木の葉の隙間から、太陽の暑い日差しが差す。


―――もう、7月なんだ。









あと2週間で夏休み。
今年は友達が出来たから、お祭りに行ってみたいな。




「さつき、午後の授業は出られそう?」


「うん」




お祭り、行きたい。
……瑞希と。


チラリと横顔を覗く。


誘ってくれるかな?
いや、待ってばかりはいけないよね。


私から、言わなくちゃ。




「ね、ねぇ、瑞希」


「ん? なに?」




瑞希と目が合った瞬間、勇気がさらさらと消えて行った。
あ……言えない。




「さつき?」




もしかしたら、瑞希は他の友達とお祭りに行く予定があるかもしれない。
もしかしたら、お祭り自体、興味ないのかもしれない。


何かしらの理由で断られたら、と思ったら言えなくて。
自分から誘うことも出来なくて。




「……やっぱり、いい」




結局、言えなかった。










あぁ、なんで私ってこうなんだろう。
なんでこんなに弱いんだろう。


こんな自分を変えたいのに、何も出来ないや。




「そうだ。ねぇ、さつき」


「……なに?」




自分に落ち込んでいると、瑞希はキラキラと目を輝かせて私を見る。





「お祭り、一緒に行こうよ」




……え?




「お、祭り……?」


「そう! 聖夜も誘って3人で! ね?」




嘘……嘘、嘘。




「い、いいの?」


「当たり前じゃんっ」




自分でも分かるほど、頬が上がっていく。
瑞希も、同じように私を誘ってくれるなんて、嬉しすぎるよ。




「行きたい!」


「ふふっ。さつき、浴衣着なよ」


「着る! 絶対着る!!」




お母さんにお願いして、着付けてもらおう。







嬉しい。
本当に嬉しいよ。
友達とお祭りなんて初めてだし、全然行ってなかった。


最後に行ったのは2年前で、それまではずっとゆうちゃんと一緒に行くことが当たり前だった。
金魚すくいしたり、綿あめ食べたり、かき氷食べたり。


それで……花火を見た。


ゆうちゃんと見る花火は本当に綺麗で、それはやっぱり、ゆうちゃんが一緒だったことが大きかった。


懐かしくて、少しだけ涙が零れた。
瑞希に気づかれないように拭う。


教室に戻ると、さっきの話を聖夜くんにした。




「祭り? いいけど」


「やったー! 聖夜と行けるなんて最高!! 去年誘った時、行ってくれなかったよねー」




ギュッと聖夜くんの腕に抱きつく瑞希。




「うっとおしい。くっつかないでよ」


「いいじゃ~ん。聖夜大好きー!!」


「邪魔。暑い。離れろ」




グイグイと瑞希を押してるけど、瑞希も負けん気で絶対に離れない。
その様子が面白くてクスクス笑った。




「さーっちゃん」











不意に後ろから肩に手を置かれて振り返ると、海斗くんが立っていた。
明るい茶髪にワックスで髪を整えて、両耳のピアスが光ってる。


海斗くんはよくうちのクラスに来ることが多くて、聖夜くんと仲が良いから隣の席の私にまで声をかけてくれる、優しい人。
初めはその見た目に怯えてたけど、何回か話して行くうちに打ち解けた。




「海斗くん」


「体調大丈夫? さっきまで保健室に居たんでしょ? 聖夜から聞いたよ」


「もう大丈夫。海斗くんはどうしたの?」


「んー、さっちゃん見に来た」




にこっと笑う海斗くんは本当にかっこいい。





「ちょ、海斗。こいつにちょっかい出さないでよ」




私と海斗くんの間に、瑞希から離れた聖夜くんが入り込む。





「ちょっかいなんて出してないよ。本当のことだし」




そう言って、チラッと私の後ろを見る。


何だろう?
何かあったのかな?



キョトンとしていると、海斗くんはまた微笑む。
その笑顔に違和感を感じたのは、私だけ?