―― 二〇二九年 八月二十日 月曜日 ――
うだるような暑さの中、スマホの地図を頼りに取引先へと急ぐ。
黒いスーツに身を包み、髪の毛をしっかり整え、やつれた顔に薄いメイクを施したわたしは、都心の中小企業に就職してそろそろ三年目だ。
ピアニストだった母の影響もあって、学生の頃はそれなりに夢を持って生きていた。けれど、毎日欠かさず弾いていたピアノは七年前事故に遭ったのを境にやめてしまい、以来一度も弾いていない。
毎朝同じ時間にアラームが鳴り、身支度を整えアパートを出て、満員電車に身を任せながら会社へと向かう。
残業に追われて、仕事が終わるのは定時を二時間も過ぎた二十時が当たり前。
夕食は近くの二十三時閉店のスーパーで、値引きされたお弁当を買って済ませるのが日課だ。
安定はしているけれど、代り映えしない退屈な毎日。このルーティーンが永久に続くと思うとうんざりする。
近頃はなにをするにも面倒で、誘いを無下にすることも増えた。感情に蓋をするのが、今の唯一の特技かもしれない。
特に仲がいいとは言えない友達とたまにメールのやりとりをしては、人間関係の破綻を防ぎ精神の安定を図っている。