「え!! 鳴瀬先輩が待っててくださったんですか!?」
息せききって奪うように鍵を持っていった戸渡が、幸希の会社に帰ってきたとき。
時間は既に九時を回っていた。
鍵を返してくれたあと、社内にいたのが幸希だけと見て戸渡は目を丸くした。ほかの社員が居てくれると思っていたのだろう。
「ちょっとほかの人は都合がつかなくて」
それは本当のことだったが、そこでちょっと悪戯心が湧いた。
「感謝してよね」
言うと、戸渡は顔を歪めて、ばっと頭を下げた。
「ほんっとうにすみません! こんな遅くまで……」
その様子はやはりワンコのようだった。叱られたワンコだ。
「いいよ。代わりに契約、ちゃんと取っておいでよ」
「それは勿論! いい感触でしたから!」
勢い込んで言う、今度は嬉しそうだった。なんとかなって、心底ほっとしているのだろう。
「お礼にゴハンでも奢らせてください!」
言われて、幸希は驚いた。
お礼を提案されるとは思わなかった。それもご飯なんて。
確かにお腹は空いている。ぺこぺこといってもいい。普段ならとっくに帰宅して食事を済ませている時間なのだから。
誤魔化すためにデスクの引き出しにストックしているお菓子をつまんではいたが、そんなものでは到底足りなかった。
しかし、後輩にご飯を奢ってもらうなど。
「悪いよ、後輩になんて」
「いえ! なんのお礼も無しなんて男がすたります!」
十年ぶりの再開とはいえ、後輩に変わりはない。
手助けをして当然だと幸希は思っていたし、実際そう言ったのだが、戸渡は引かない。
まぁ、確かに。
男の子だし。
女に助けてもらったならお礼をしたいって思うのは普通かもしれないかな。
思って、幸希はちょっと悩んだあとにそれを受けることにした。
ただし、条件は付けた。
「わかった。でも、奢りは五百円までにしてね?」
「……え? なんで五百円?」
きょとんと首をかしげた戸渡に、補足する。
「ワンコイン、ってこと」
「……はぁ」
戸渡は「よくわからない」という顔をした。
「それ以上は勿体なくて、受け取れないから」
言った幸希に、やはり首をひねる仕草をしたものの、戸渡は「わかりました」と言った。素直だなぁ、と幸希は思ってしまう。
「えーと、じゃ、どこにしましょ……。先輩はお酒とか飲みますか」
「飲むけど、明日も仕事だからお酒はやめときたいかな」
「そう、ですよね。明日も平日……。うーん……」
幸希の返事に戸渡は随分考えてしまったようだ。当然、ランチならともかく、夕ご飯で五百円は随分ハードルが高い。下手をすればマックでもそれ以上行ってしまうだろう。
「戸締りしてくるから、それまでに考えておいてね」
猶予を与えて、幸希は社内へ向かった。とはいえ、過ごしていた事務所をちょっと片付けて、パソコンと電気を落として入口を施錠するくらいだ。あとは、約束した通り店長に電話。
さて、どこへ連れていかれるやら。
楽しみにしつつ、幸希は自分のパソコンの『シャットダウン』ボタンを押した。
戸渡くんはワンコみたいだから、ワンコイン、なんてね。
そのくらいのシャレのつもりだったのだ。
息せききって奪うように鍵を持っていった戸渡が、幸希の会社に帰ってきたとき。
時間は既に九時を回っていた。
鍵を返してくれたあと、社内にいたのが幸希だけと見て戸渡は目を丸くした。ほかの社員が居てくれると思っていたのだろう。
「ちょっとほかの人は都合がつかなくて」
それは本当のことだったが、そこでちょっと悪戯心が湧いた。
「感謝してよね」
言うと、戸渡は顔を歪めて、ばっと頭を下げた。
「ほんっとうにすみません! こんな遅くまで……」
その様子はやはりワンコのようだった。叱られたワンコだ。
「いいよ。代わりに契約、ちゃんと取っておいでよ」
「それは勿論! いい感触でしたから!」
勢い込んで言う、今度は嬉しそうだった。なんとかなって、心底ほっとしているのだろう。
「お礼にゴハンでも奢らせてください!」
言われて、幸希は驚いた。
お礼を提案されるとは思わなかった。それもご飯なんて。
確かにお腹は空いている。ぺこぺこといってもいい。普段ならとっくに帰宅して食事を済ませている時間なのだから。
誤魔化すためにデスクの引き出しにストックしているお菓子をつまんではいたが、そんなものでは到底足りなかった。
しかし、後輩にご飯を奢ってもらうなど。
「悪いよ、後輩になんて」
「いえ! なんのお礼も無しなんて男がすたります!」
十年ぶりの再開とはいえ、後輩に変わりはない。
手助けをして当然だと幸希は思っていたし、実際そう言ったのだが、戸渡は引かない。
まぁ、確かに。
男の子だし。
女に助けてもらったならお礼をしたいって思うのは普通かもしれないかな。
思って、幸希はちょっと悩んだあとにそれを受けることにした。
ただし、条件は付けた。
「わかった。でも、奢りは五百円までにしてね?」
「……え? なんで五百円?」
きょとんと首をかしげた戸渡に、補足する。
「ワンコイン、ってこと」
「……はぁ」
戸渡は「よくわからない」という顔をした。
「それ以上は勿体なくて、受け取れないから」
言った幸希に、やはり首をひねる仕草をしたものの、戸渡は「わかりました」と言った。素直だなぁ、と幸希は思ってしまう。
「えーと、じゃ、どこにしましょ……。先輩はお酒とか飲みますか」
「飲むけど、明日も仕事だからお酒はやめときたいかな」
「そう、ですよね。明日も平日……。うーん……」
幸希の返事に戸渡は随分考えてしまったようだ。当然、ランチならともかく、夕ご飯で五百円は随分ハードルが高い。下手をすればマックでもそれ以上行ってしまうだろう。
「戸締りしてくるから、それまでに考えておいてね」
猶予を与えて、幸希は社内へ向かった。とはいえ、過ごしていた事務所をちょっと片付けて、パソコンと電気を落として入口を施錠するくらいだ。あとは、約束した通り店長に電話。
さて、どこへ連れていかれるやら。
楽しみにしつつ、幸希は自分のパソコンの『シャットダウン』ボタンを押した。
戸渡くんはワンコみたいだから、ワンコイン、なんてね。
そのくらいのシャレのつもりだったのだ。