志月が指さしたのは、ちょっとした展望台のようになっているところだった。水族館からまだ十五分も歩いてきていなかったし、それにここからであればそう遠くもなさそうだったので、幸希は「いいよ」と言っておく。
 本当にすまない、と思ってくれているのは伝わってきたけれど、同じくらい幸希に見せたいと思ってくれるのだろう。その、『綺麗なものを見せたい』と思ってくれる気持ちが嬉しかったから、寒さよりも幸せが勝つ。
 それに志月の言葉通り、そろそろ日も暮れる。今日は晴れていたから、夕焼けはとてもうつくしいだろう。
 寒いから、見たら帰ってもう一度お茶でも飲みたいけれど。
 ああ、でもこのあとはディナーの約束をしていたのだ。このあとどうするかは話さなかったが、夕焼けを見終えたということは、もう夜の時間になっているだろうから、すぐにゴハンかな。と幸希は想像した。
 今夜はちょっと美味しい、そしてちょっと高級なフレンチ料理を食べに行く。
 それは単に、デートであるという以上の理由ももうひとつあった。
 先日、志月は勤めている虎視不動産、日暮里店、店舗の主任に任命された。
 同業とはいえほかの会社の事情までは勿論知らない幸希にとっては唐突な報告だったので驚いたが、辞令があったその日、志月は仕事あがりにすぐライン通話をかけてきて、「やりました!」と報告してくれたのだ。
「主任になります!この12月からすぐに!」
「おめでとう!」
 主任候補として日暮里店に転属されたのは初めて会った頃に聞いたけれど、実現させるかどうかはまた別問題である。それは志月の手腕であり、実力であり、そして努力の成果である。
「主任になってしまえばこっちのものですね。店長の話だってすぐ出ますよ」
 志月は常よりずっと饒舌になって、おまけに話の大きいことを言った。けれどそれは同業として、幸希にも『あり得ることだ』とわかる話であった。
 この業界は上へ進むのが、とにかく早い。
 新入社員。
 ヒラの営業。
 営業のリーダー。
 店舗主任。
 そして店長。
 そのあとはたいがい本部へ行って、統括的な職に就くのが一般的なルート。順調に成果をあげられれば、上へ進むのはそう難しくはない。
 とはいえ、『順調に成果を上げる』のが難しいのだが。
 コンスタントに契約を取って、稼いで、売り上げに貢献して。そのようなことがとても大切。
 逆にその点でつまづいたりして一旦停滞してしまうと、のぼるのが難しくなってしまう。
 そこを見事にくぐり抜けて、ジャンプできた志月を眩しく、そして恋人としては誇らしくも思ったのだった。
 ディナーのことを考えたきっかけから、その報告のことを幸希は思い出した。
 あの報告がきた日の夜は、自分のことのように嬉しかったな。恋人が出世できたのだから当たり前だけど。
 思い出しているうちにも、ぽつぽつ会話をしながら志月の示したほうへ二人で歩いていく。このあとのディナーでは志月のことを大いに祝ってあげなければ、などと考えつつ。