「幸希さんは真面目ですよね」
初めての喧嘩……というのか、そこまでいかぬいさかいか。それが起こってから一ヵ月ほどが経っていた。
暖房を入れた幸希の部屋。コーヒーを入れたマグカップを手に、志月が言った。
「どこが?」
幸希も同じようにマグカップを持っていたが、ひとくち中身を飲んで尋ねる。唐突にそんなことを言われた意味がわからなかったので。
飲んでいるホットコーヒーがおいしいくらいに、季節はもうすっかり冬の手前まできている。
コートも厚手のものにした。
服も新しくニットやウールのものを買った。
季節の変化。
幸希は寒いものがあまり好きではなかったが、服を選んだり、ホットの食べ物や飲み物といった季節のものを食べられるのだけは楽しいことだと思う。
「一ヵ月くらい前。僕とちょっと衝突したとき、自分を責めたでしょう」
志月に言われて幸希はちょっと顔をしかめた。あのことはできれば思い出したくない。
が、志月の口調にも言葉にもまるで責める色はなかった。普段通り、おっとり優しい口調だ。
「反省するのは普通のことじゃないかな」
あまり話題にしたくなかったが、言われてしまったことは仕方ない。幸希は言った。
言ったことは本心だ。
自分が悪かったのだ。
自分を責めて当たり前だ。
反省するべきところだったのだから。
そのように幸希は思ったのだが。
「確かになにか悪かったな、と思うことがあったら反省は必要ですけど」
志月は目の前のテーブルに置いてあった皿に手を伸ばした。薄いクッキーを一枚手に取る。
幸希もつられるように手を伸ばしていた。
くるみの入った、さくさくしたクッキー。幸希の気に入りのケーキ屋さんで扱っている焼き菓子だ。
いさかいを起こしてしまったお詫びとして、あれから一週間ほどあとに「ワンコインで」と、幸希が買ってあげたもの。
クッキーはワンパック500円だった。ワンコイン、だ。
志月は勿論「そんなお気遣い」と言ったけれど、幸希は「せっかく買ってきたんだから、もらって」と押し付けた。
「それじゃ、……いただいておきます」と受け取ってくれたのだが。
それを「今度一緒に食べましょう」と言って、実際に今日のおうちデートに持ってきてしまうくらいには、やはり志月は優しいのだった。
今回は、ワンパック500円のクッキー。
これまでには、ピザだったりポカリ1本だったりした。
なにかしてあげたり、してもらったりするたびに、『ワンコイン』。
一枚のコイン分の気持ちが行き来している、と、クッキーを買いながら幸希は思ったのだった。
別に純粋に『相手になにかしてあげたい』という気持ちで自分はしているし、多分志月からもそうだと思う。
それでもなにかにつけて、二人でいたずらっぽく言い合う。
スタートは自分が志月のことを、『ワンコのようだからワンコイン』なんてシャレのつもりではじめたことだったのに。いつのまにか、二人の合言葉のようになっていた。
「あそこ、ほかの女の子に優しくしないで、って言っても良かったんですよ」
さく、とその500円で買ったクッキーをかじって、志月は言った。さくさくと咀嚼する。
自分もひとくちクッキーをかじったけれど、幸希の言う声は濁ってしまった。
「それは……さすがに」
はっきり嫉妬の気持ちを口に出すなんてみっともない。
そんな、彼氏を束縛するような女になんて、なりたくなかった。少なくともそれを表にだしたくはなかった。
「でも幸希さんは、少なくともはっきり言わなかった。それは自制心がいることだったかもしれないのに。嫌な思いをしたのは確かだったでしょうに」
言う志月の声は優しかった。クッキーを食べてしまって、ティッシュでクッキーの粉を拭う。
初めての喧嘩……というのか、そこまでいかぬいさかいか。それが起こってから一ヵ月ほどが経っていた。
暖房を入れた幸希の部屋。コーヒーを入れたマグカップを手に、志月が言った。
「どこが?」
幸希も同じようにマグカップを持っていたが、ひとくち中身を飲んで尋ねる。唐突にそんなことを言われた意味がわからなかったので。
飲んでいるホットコーヒーがおいしいくらいに、季節はもうすっかり冬の手前まできている。
コートも厚手のものにした。
服も新しくニットやウールのものを買った。
季節の変化。
幸希は寒いものがあまり好きではなかったが、服を選んだり、ホットの食べ物や飲み物といった季節のものを食べられるのだけは楽しいことだと思う。
「一ヵ月くらい前。僕とちょっと衝突したとき、自分を責めたでしょう」
志月に言われて幸希はちょっと顔をしかめた。あのことはできれば思い出したくない。
が、志月の口調にも言葉にもまるで責める色はなかった。普段通り、おっとり優しい口調だ。
「反省するのは普通のことじゃないかな」
あまり話題にしたくなかったが、言われてしまったことは仕方ない。幸希は言った。
言ったことは本心だ。
自分が悪かったのだ。
自分を責めて当たり前だ。
反省するべきところだったのだから。
そのように幸希は思ったのだが。
「確かになにか悪かったな、と思うことがあったら反省は必要ですけど」
志月は目の前のテーブルに置いてあった皿に手を伸ばした。薄いクッキーを一枚手に取る。
幸希もつられるように手を伸ばしていた。
くるみの入った、さくさくしたクッキー。幸希の気に入りのケーキ屋さんで扱っている焼き菓子だ。
いさかいを起こしてしまったお詫びとして、あれから一週間ほどあとに「ワンコインで」と、幸希が買ってあげたもの。
クッキーはワンパック500円だった。ワンコイン、だ。
志月は勿論「そんなお気遣い」と言ったけれど、幸希は「せっかく買ってきたんだから、もらって」と押し付けた。
「それじゃ、……いただいておきます」と受け取ってくれたのだが。
それを「今度一緒に食べましょう」と言って、実際に今日のおうちデートに持ってきてしまうくらいには、やはり志月は優しいのだった。
今回は、ワンパック500円のクッキー。
これまでには、ピザだったりポカリ1本だったりした。
なにかしてあげたり、してもらったりするたびに、『ワンコイン』。
一枚のコイン分の気持ちが行き来している、と、クッキーを買いながら幸希は思ったのだった。
別に純粋に『相手になにかしてあげたい』という気持ちで自分はしているし、多分志月からもそうだと思う。
それでもなにかにつけて、二人でいたずらっぽく言い合う。
スタートは自分が志月のことを、『ワンコのようだからワンコイン』なんてシャレのつもりではじめたことだったのに。いつのまにか、二人の合言葉のようになっていた。
「あそこ、ほかの女の子に優しくしないで、って言っても良かったんですよ」
さく、とその500円で買ったクッキーをかじって、志月は言った。さくさくと咀嚼する。
自分もひとくちクッキーをかじったけれど、幸希の言う声は濁ってしまった。
「それは……さすがに」
はっきり嫉妬の気持ちを口に出すなんてみっともない。
そんな、彼氏を束縛するような女になんて、なりたくなかった。少なくともそれを表にだしたくはなかった。
「でも幸希さんは、少なくともはっきり言わなかった。それは自制心がいることだったかもしれないのに。嫌な思いをしたのは確かだったでしょうに」
言う志月の声は優しかった。クッキーを食べてしまって、ティッシュでクッキーの粉を拭う。