幸希は、ほっとする。
 そこへサラダが運ばれてきた。
 けれど食べているどころではなかった。幸希はフォークに手を伸ばさなかったし、志月も同じだった。
 サラダはテーブルに放置されたままだが、幸希は、ばっと頭を下げた。
「ごめんなさい。なにから謝ったらいいか、わからないけど」
 言った。
 志月はしばらく黙っていた。
 なにを言ったらいいのかわからないのだろう。彼にとっては想定外の展開になっただろうから。
「でも、一番謝りたいのは、……嫌な言い方して、ごめんなさい」
 それでも志月はなにも言わない。
 事実なのはわかってくれるだろう。
 嫉妬したことより、声をあげたことより。
 嫌味を言うような言い方になったこと。
 それが一番。
「……それは、僕もですよ」
 やっと、という様子で志月は言った。
 今度はそれが幸希の想定外であった。
 きっと「そこはそうですね」などと言われると思っていたのだ。
 志月は笑みを作った。『作った』といえるくらい、努力した、という様子ではあったが。
「幸希さんの気持ちを考えないような言い方をしました。そこは全面的に幸希さんが悪いんじゃありません。幸希さんにそういう言い方をさせたのは僕です」
「……またそうやって」
 志月の言ったことはやはり優しすぎた。
 幸希は思って、言う。なんだか拗ねたような言い方になってしまった。
 そこで志月はまた笑顔を作って、だろうが、少なくとも笑顔を見せてくれる。
「いえ、事実です。甘やかしじゃありません」
「……志月くんは、優しすぎるよ」
 幸希はそう言うしかなかった。志月が『甘やかし』たり、もしくは幸希の機嫌を取るためなどではなく、本気でそう思っているだろうことがわかったから。
 このやさしいひとに大切にしてもらっていること。有り余る幸福だったのだ。
 志月の言い方ひとつ、表情ひとつ。
 でもそのすべてから幸希に伝わってくる。
「言ったでしょう。好きなひとには優しくしたい、と」
 それは幸希に告白してくれた日に、あたたかいカフェラテを前に言ってくれたこと。
「僕はそういう気持ちを忘れたくありません」
 きっと志月の気持ちはあの日と同じなのだ。
 忘れたくない、なんて思わなくてもこのひとは変わらないと、幸希は思った。だって、そこが彼の根幹なのだから。
「幸希さんにも悪いところはあったかもしれません。でも僕の態度だって完璧じゃなかったんです。だから、……仲直り、しましょう」
 言われて、幸希の表情は崩れた。
 泣きたい気持ちになって。
 でもそれは、嬉しさから。
 泣き笑い、というのだろうか。涙はこぼさなかったけれど。
「それは私が言うべきだったんだよ」
「あ、取っちゃいましたか……すみません」
 志月は言って、そしてくすっと笑った。
 今度は作った笑顔ではなく、本当の笑顔だ。幸希にはわかった。
 心の中が熱くなって、すぐにでも志月に抱きつきたくなったけれど。
 それはすべてディナーを食べ終えて、店を出てからにしておいた。
「食べましょう」
「僕たちの仲直りを祝って」
 と言ってくれた志月とパスタをおいしく食べたあとに。