私らしい、ってなに。
 ほかの女の子と話しててもスルーできるような優しい彼女でいてってこと?
 理不尽な怒りがこみ上げる。
 その感情が幸希にその日見たことを言わせてしまった。
「今日、女の子とお茶してたでしょ」
 幸希の言ったことで、幸希の思いを一瞬で理解したのだろう。
 でも志月の声のトーンは変わらなかった。数秒の沈黙だけがそれを伝えてくる。
『……ああ。大学の先輩です。偶然会って』
「そう」
 そっけない返事をしてしまう。
 教えてくれたというのに満足できないなんて。
 思ったものの、とまらない。胸の中が痛すぎて。
 吐き出してしまいたかった。
 本人にこんなこと言ってはダメだ。
 わかっているのにここまで追い詰められては。
「優しそうだったね」
 私にだけじゃないんだ、と言いたかったのは流石に思いとどまった。
 そんなことを言うのは最低すぎるから。
 ここまで言って今更かもしれないけれど。
『だって、女性ですよ。それなりに優しく接さないとでしょう』
 当たり前のことを言われた。
「それはわかってる、わかってるけど……」
 そんなことわかっている。
 けれどどうしようもないのだ。だって抱いている感情は。
『……妬いてくれるのは嬉しいですけど』
 はっきり言い当てられて、顔と頭の中が熱くなった。
 それはふたつの感情。
 羞恥と怒り。
 志月に知られたくなかったし言われたくはなかった。
 そういう気持ちをそんなふうにはっきり言うなんてひどい。
 思ったとしてもはっきり言わないでほしかった。
 言わせたのは自分のくせに。
 そう思わせることを言ったくせに。
 それなのにまだ自分を良く見せたいなんて。
 このあとのことは志月の言葉に対してだけではない。自分に苛立ってしまったのもある。
「そういうふうに言わないで!」
 幸希が志月に対して声をあげたのは初めてだった。
 というか、これまでの彼氏にもしたことがない。家族や友達と喧嘩したり、そのときくらいだ。
『だってそうでしょう』
 でも志月の声は落ち着いていた。
 それがまた幸希の気に障る。
 つまらないことをしている。嫌な女なのは自分だ。
 非のない彼氏にこんなこと、こんな口調で言うなんて。
「ごめん。切るね。おやすみ」
 やっと、それだけ言った。
 こんなところで会話を終わらせるのはまるで逃げるようだった。事実その通りなのだが。
 通話終了アイコンをタッチして、スマホを放り出して、ぼすんとベッドにダイブする。
 やりきれない。
 涙は出ないものの、枕に顔をうずめた。ふんわりした枕の感触も、今は幸希を慰めてはくれない。
 志月ははっきり言わなかったけれど、そして幸希も具体的には言わなかったけれど、『ほかの女性とのやり取り』に幸希が気分を害したことは伝わってしまった。
 そこから露見したであろう、自分の嫌な部分。言わなければ良かった、と今更思う。
 一度は言うまいと思ったのに、衝動に負けて口に出してしまったことが悔やまれる。
 でも。
 このまま抱えていたら直接言ってしまったかもしれない。それよりはましだろうか。
 思って、しばらく沈黙して。
 幸希はごろんと転がって今度は枕を抱えた。壁に向き直って、うう、とうめく。
 ましだとかましじゃないとか、そういう問題ではない。
 嫌な感情はひとつではなくて、嫉妬だとか自分への嫌悪感だとか……たくさんありそうで頭の中はパンクしそうだ。


 夜はまるで眠れなかった。
 それはこれまで平穏な関係を続けてきた志月との、初めてのいさかいだった。