「銀行までおつかい頼むよ」
良く晴れた日のことだった。
店長が依頼してきた、何気ないおつかい。銀行で通帳を記帳してくる簡単な仕事だ。
営業を駆り出すまでもない。事務の幸希が、ちょちょっと行ってくるだけでいいのだ。
それどころかオフィスに閉じ込められているのを堂々と抜け出せるので、たまに頼まれる『おつかい』……今日のように銀行とか、あとはちょっとした備品が切れたとか……そういうたぐいのものは、幸希にとってまるで負担になるものではなかったといえる。
よって「はーい」と通帳をミニバッグに入れて銀行へ向かった。
銀行はオフィスから歩いて10分ほど。通り道にスタバがあるので、帰り道にたまにはおいしいコーヒーでも買ってオフィスに戻ろうかと幸希はうきうきとした気持ちで道を歩いていった。
そして帰りに寄ろうと思ったスタバが見えてきたのだけど。
しかしそこで目に入ったのは、よく知った人物であった。
昨日も会った。志月だ。
ああ、そういえば今日は休みだと言っていたっけ。お茶でも飲みに来たのかな。
ちょっと声でもかけてみようと、恋人として当たり前のことを思ったのだけど。
幸希の足はとまってしまった。
志月はスタバから出てきて、外のオープン席に向かっていく。手にふたつカップを持っていて、どうやら誰かと待ち合わせかなにかのようだ。
その先に何気なく視線を遣って、幸希の胸がざわりと騒いだ。
視線の先に居たのは、女性だったもので。同年代の女性に見えた。
「戸渡くん、ありがとう」
小さく声が聞こえた。
戸渡くん、と呼んだ。
それは志月と交際する前、幸希が呼んでいたのとまったく同じだった。
いや、目上の立場の人だったら名字に『くん』をつけて呼ぶくらい、当たり前かもしれないけれど。
早く行ってしまわなければ。
なんとなく、このままここにいてもあまり良いものを見ない気がしたので自分に言い聞かせたのだけど。
好奇心が勝ってしまった。そのことをあとから幸希は、盛大に後悔することになる。
「ミルクだけでしたよね」
志月の声も小さくだが聞こえた。
「うん。よく覚えてるね」
やりとりはまるで恋人同士。
え、まさか二股。
一瞬そう思ったけれど、すぐにそれは無いと否定した。
志月はそんな不誠実な男ではない。そういう信頼関係はしっかりあったし、大体こんな幸希の職場の近くで堂々とほかの『そういう関係の』女性に会うはずがないではないか。
そんな馬鹿なことをするはずもない。だから違うのだろうけれど。
二人は向かい合って席に座って、お茶を飲みはじめた。
数十秒、見ているだけでも楽しそうだった。
ごくりと幸希は唾を飲み込んでしまった。気分が悪くなりそうだったので。
あそこに座れるのは自分だけだと思っていた。
志月とあのようにお茶ができるのは自分だけだと思っていた。
でも違ったのだ。
それなりに仲のいいであろう女性とならば、あんなふうに向かい合って座って話すのだ。そんなこと、いい大人としては当たり前のことなのだけど。
大体、あの『仲の良さそうな』女性でなくても、たとえば亜紗など、そのくらい近しい相手であればああいう様子になるだろう。
それでも嫌だと思ってしまうのは仕方ないと言いたい。大好きな人に対してという意味であれば、やはりそれも当たり前のこと。
数秒、見てしまっていたけれど幸希はくるりと身をひるがえした。
スタバの前を通る気にはなれなかった。
志月に気付かれて「幸希さん」なんて呼ばれてしまったら。
こんなことを考えてしまっている姿、見られたくない。
だって絶対に、あの女性に対して嫌な態度を取ってしまうだろうから。
なんて心の狭いことだろう、と思う。
嫌なオンナ。こんな彼女、志月くんだって嫌だと思うかもしれない。
思ってしまってことがぐるぐると頭を渦巻いて。
わざと遠回りした銀行で用を済ませても、もちろんコーヒーどころではなく、同じく遠回りした道を通って、さっさとオフィスに帰ってしまった。
良く晴れた日のことだった。
店長が依頼してきた、何気ないおつかい。銀行で通帳を記帳してくる簡単な仕事だ。
営業を駆り出すまでもない。事務の幸希が、ちょちょっと行ってくるだけでいいのだ。
それどころかオフィスに閉じ込められているのを堂々と抜け出せるので、たまに頼まれる『おつかい』……今日のように銀行とか、あとはちょっとした備品が切れたとか……そういうたぐいのものは、幸希にとってまるで負担になるものではなかったといえる。
よって「はーい」と通帳をミニバッグに入れて銀行へ向かった。
銀行はオフィスから歩いて10分ほど。通り道にスタバがあるので、帰り道にたまにはおいしいコーヒーでも買ってオフィスに戻ろうかと幸希はうきうきとした気持ちで道を歩いていった。
そして帰りに寄ろうと思ったスタバが見えてきたのだけど。
しかしそこで目に入ったのは、よく知った人物であった。
昨日も会った。志月だ。
ああ、そういえば今日は休みだと言っていたっけ。お茶でも飲みに来たのかな。
ちょっと声でもかけてみようと、恋人として当たり前のことを思ったのだけど。
幸希の足はとまってしまった。
志月はスタバから出てきて、外のオープン席に向かっていく。手にふたつカップを持っていて、どうやら誰かと待ち合わせかなにかのようだ。
その先に何気なく視線を遣って、幸希の胸がざわりと騒いだ。
視線の先に居たのは、女性だったもので。同年代の女性に見えた。
「戸渡くん、ありがとう」
小さく声が聞こえた。
戸渡くん、と呼んだ。
それは志月と交際する前、幸希が呼んでいたのとまったく同じだった。
いや、目上の立場の人だったら名字に『くん』をつけて呼ぶくらい、当たり前かもしれないけれど。
早く行ってしまわなければ。
なんとなく、このままここにいてもあまり良いものを見ない気がしたので自分に言い聞かせたのだけど。
好奇心が勝ってしまった。そのことをあとから幸希は、盛大に後悔することになる。
「ミルクだけでしたよね」
志月の声も小さくだが聞こえた。
「うん。よく覚えてるね」
やりとりはまるで恋人同士。
え、まさか二股。
一瞬そう思ったけれど、すぐにそれは無いと否定した。
志月はそんな不誠実な男ではない。そういう信頼関係はしっかりあったし、大体こんな幸希の職場の近くで堂々とほかの『そういう関係の』女性に会うはずがないではないか。
そんな馬鹿なことをするはずもない。だから違うのだろうけれど。
二人は向かい合って席に座って、お茶を飲みはじめた。
数十秒、見ているだけでも楽しそうだった。
ごくりと幸希は唾を飲み込んでしまった。気分が悪くなりそうだったので。
あそこに座れるのは自分だけだと思っていた。
志月とあのようにお茶ができるのは自分だけだと思っていた。
でも違ったのだ。
それなりに仲のいいであろう女性とならば、あんなふうに向かい合って座って話すのだ。そんなこと、いい大人としては当たり前のことなのだけど。
大体、あの『仲の良さそうな』女性でなくても、たとえば亜紗など、そのくらい近しい相手であればああいう様子になるだろう。
それでも嫌だと思ってしまうのは仕方ないと言いたい。大好きな人に対してという意味であれば、やはりそれも当たり前のこと。
数秒、見てしまっていたけれど幸希はくるりと身をひるがえした。
スタバの前を通る気にはなれなかった。
志月に気付かれて「幸希さん」なんて呼ばれてしまったら。
こんなことを考えてしまっている姿、見られたくない。
だって絶対に、あの女性に対して嫌な態度を取ってしまうだろうから。
なんて心の狭いことだろう、と思う。
嫌なオンナ。こんな彼女、志月くんだって嫌だと思うかもしれない。
思ってしまってことがぐるぐると頭を渦巻いて。
わざと遠回りした銀行で用を済ませても、もちろんコーヒーどころではなく、同じく遠回りした道を通って、さっさとオフィスに帰ってしまった。