うとうとしているうちに、時間は進んで今度目が覚めたときはすっかり陽も落ちていた。
具合がよくなったかどうかはよくわからなかった。でもまだ頭はぼんやりしていて重かったので、治っていないことだけはわかる。
どうしよう、明日も同じだったら。
病院に行かなければいけないだろうし。
夕方のオレンジのひかりの中で、幸希は、はぁ、とため息をついた。
昼を抜いてしまったけれど食欲はない。そこからも体調不良を感じて憂うつになってしまう。
そしてまた志月のことを考えてしまった。
優しい彼のことだ。『風邪ひいちゃった』とでもラインを送れば、なにがなんでも……訪ねてくるなり電話をくれるなり……なにかしてくれることはわかっていた。
けれど忙しい折なのはわかっている、邪魔をしたくない。
会いたいと思うのに、一番会いたいひとに会えない。
会いたいひとがいるというのは幸せなことだけど、会えないとなるとそれが負担にもなってしまうのだと知ってしまった。
おなかは空かないけど、またなにか食べて薬を飲んでおとなしくしておかないと。確かパックのヨーグルトがあったはず。
起き上がって、普段の習慣通りにスマホを掴んで一旦画面を付けた。寝ている間になにか連絡でもきているからかもしれないからだ。
しかし幸希は画面を付けたスマホを見て、目を丸くした。そこには志月からラインが来ていたのだから。
表示されている時間は、二時間前。
どうして気付かなかったのか。母親からのラインでは目を覚ましたのに。
それほどぐっすりしてしまっていたことを悔やむ。
すぐに返信したかったのに、と。
トーク画面を開くと、なんでもない内容が表示された。
『今日、外出先でおもしろいお店を見つけたんですよ! 和雑貨のお店ですけどモチーフが食べ物限定なんです。今度行きませんか?』
写真が添付されていた。かわいらしい和の雰囲気の看板が映っている。
写真はちょっとぶれていた。多分、営業に出た先の短い間で撮ったのだろう。
そのくらい、自分が好きだろうと思って気にかけて、時間もないのにチェックしてくれたことが嬉しかった。
なんだか目の前が霞んだ。画面を介してだが、彼のやさしさが確かに伝わってきたので。
嬉しい気持ちと同時に、でも心細い気持ちが湧き上がって、ぽろっとひとつぶ涙が落ちた。
邪魔をしては悪い、とわかっていた。
けれど独りが心細くてたまらない。
思い切って、入力欄に入れていた。
『行きたい。でも、ちょっと風邪引いちゃったみたい』
しばらくトーク画面はなんの反応も見せなかった。
当たり前だ。
まだ夕方。仕事中なのだろう。
しばらくスマホを見つめていた幸希だけど、小さくため息をついて、トーク画面を閉じた。こぼれた涙を拭って起き上がる。
ヨーグルトを食べて、薬を飲んで横になろうと思ったことを実行した。
返事が返ってきたのは、夕方も終わって外がほとんど暗くなった頃のこと。でもスマホが鳴った瞬間、幸希はそちらに体を傾けてスマホを掴んでいた。
『ごめんなさい! 今スマホ見ました。風邪ですか!? 病院は行きました?』
ああ、やっぱり。
こう言ってくれることはわかっていた。
邪魔をしてはいけないと思っていて、でも邪魔をしてしまって、でも、……嬉しくてたまらない。
『行ってない。明日、治らなかったら行くつもり』
『そうですか……薬とかありますか?』
『うん。大丈夫。少し疲れてただけだから、休めば治ると思う』
寝たままやりとりする。
ラインに付き合ってくれるだけでも嬉しかった。
スマホ画面を介してでも、繋がっていられることが。
『ちょっと遅くなっちゃうかもしれませんが、お邪魔しても大丈夫ですか?』
言われて、またじわっと涙がにじんだ。
我儘を聞いてくれたも同然なのだ。彼女が『風邪ひいた』とラインを送って、どうしてほしいのかわからないはずがない。
『いいよ。忙しいでしょ』
それでもそう送った。『ありがとう』なんてすぐに送るのは図々しい、と思ってしまったせいで。
『なに言ってるんですか、仕事より幸希さんのほうが大事です。9時くらいになってもいいですか?』
返ってきた返信を見て、今度こそ滲んだ涙が零れる。
『ごめん、ありがとう』
甘えてしまう。
思いながらも返信を入力した。
『じゃ、ごめんなさい、ちょっとこれから一件外出があるんで……行く前に連絡します』
『ごめん、ありがとう』
また同じ内容を送ってしまったけれど、それを気にしている余裕はなかった。
来てくれる。
嬉しさと申し訳なさが胸の中を渦巻いていた。
どっちが強いのかはわからないし、こんな我儘を言って良かったのかもわからない。けれど、やっぱり嬉しかった。
そして、はっとする。
彼氏がきてくれるというのにこんな格好では情けなさ過ぎる。昨日はお風呂も入っていないし、きっと寝ている間に汗もかいた。でも風邪を引いているというのにメイクをしっかりして普通の服というのも。
悩んで、でも着替えることにした。普段のスウェットから、ちょっとかわいい部屋着に。
そのくらい『彼女』でいたいと思うことは許してほしい、と思う。
体が少しだるくておっくうではあったけれど、お風呂に入らないまま会うなんてことは自分が許せなかった。
ちょっと無理をしたけれどシャワーを浴びる。
でもそれはあまり悪くはなかったようだ。汗を流してすっきりしたのだから。
汗をかいたままも良くないから、良かったかも。
思いながら、髪をとかして、顔にはフェイスパウダーだけをはたいてなんとか誤魔化す。
志月が訪ねてきてくれたのは、その数時間後の8時半頃だった。
具合がよくなったかどうかはよくわからなかった。でもまだ頭はぼんやりしていて重かったので、治っていないことだけはわかる。
どうしよう、明日も同じだったら。
病院に行かなければいけないだろうし。
夕方のオレンジのひかりの中で、幸希は、はぁ、とため息をついた。
昼を抜いてしまったけれど食欲はない。そこからも体調不良を感じて憂うつになってしまう。
そしてまた志月のことを考えてしまった。
優しい彼のことだ。『風邪ひいちゃった』とでもラインを送れば、なにがなんでも……訪ねてくるなり電話をくれるなり……なにかしてくれることはわかっていた。
けれど忙しい折なのはわかっている、邪魔をしたくない。
会いたいと思うのに、一番会いたいひとに会えない。
会いたいひとがいるというのは幸せなことだけど、会えないとなるとそれが負担にもなってしまうのだと知ってしまった。
おなかは空かないけど、またなにか食べて薬を飲んでおとなしくしておかないと。確かパックのヨーグルトがあったはず。
起き上がって、普段の習慣通りにスマホを掴んで一旦画面を付けた。寝ている間になにか連絡でもきているからかもしれないからだ。
しかし幸希は画面を付けたスマホを見て、目を丸くした。そこには志月からラインが来ていたのだから。
表示されている時間は、二時間前。
どうして気付かなかったのか。母親からのラインでは目を覚ましたのに。
それほどぐっすりしてしまっていたことを悔やむ。
すぐに返信したかったのに、と。
トーク画面を開くと、なんでもない内容が表示された。
『今日、外出先でおもしろいお店を見つけたんですよ! 和雑貨のお店ですけどモチーフが食べ物限定なんです。今度行きませんか?』
写真が添付されていた。かわいらしい和の雰囲気の看板が映っている。
写真はちょっとぶれていた。多分、営業に出た先の短い間で撮ったのだろう。
そのくらい、自分が好きだろうと思って気にかけて、時間もないのにチェックしてくれたことが嬉しかった。
なんだか目の前が霞んだ。画面を介してだが、彼のやさしさが確かに伝わってきたので。
嬉しい気持ちと同時に、でも心細い気持ちが湧き上がって、ぽろっとひとつぶ涙が落ちた。
邪魔をしては悪い、とわかっていた。
けれど独りが心細くてたまらない。
思い切って、入力欄に入れていた。
『行きたい。でも、ちょっと風邪引いちゃったみたい』
しばらくトーク画面はなんの反応も見せなかった。
当たり前だ。
まだ夕方。仕事中なのだろう。
しばらくスマホを見つめていた幸希だけど、小さくため息をついて、トーク画面を閉じた。こぼれた涙を拭って起き上がる。
ヨーグルトを食べて、薬を飲んで横になろうと思ったことを実行した。
返事が返ってきたのは、夕方も終わって外がほとんど暗くなった頃のこと。でもスマホが鳴った瞬間、幸希はそちらに体を傾けてスマホを掴んでいた。
『ごめんなさい! 今スマホ見ました。風邪ですか!? 病院は行きました?』
ああ、やっぱり。
こう言ってくれることはわかっていた。
邪魔をしてはいけないと思っていて、でも邪魔をしてしまって、でも、……嬉しくてたまらない。
『行ってない。明日、治らなかったら行くつもり』
『そうですか……薬とかありますか?』
『うん。大丈夫。少し疲れてただけだから、休めば治ると思う』
寝たままやりとりする。
ラインに付き合ってくれるだけでも嬉しかった。
スマホ画面を介してでも、繋がっていられることが。
『ちょっと遅くなっちゃうかもしれませんが、お邪魔しても大丈夫ですか?』
言われて、またじわっと涙がにじんだ。
我儘を聞いてくれたも同然なのだ。彼女が『風邪ひいた』とラインを送って、どうしてほしいのかわからないはずがない。
『いいよ。忙しいでしょ』
それでもそう送った。『ありがとう』なんてすぐに送るのは図々しい、と思ってしまったせいで。
『なに言ってるんですか、仕事より幸希さんのほうが大事です。9時くらいになってもいいですか?』
返ってきた返信を見て、今度こそ滲んだ涙が零れる。
『ごめん、ありがとう』
甘えてしまう。
思いながらも返信を入力した。
『じゃ、ごめんなさい、ちょっとこれから一件外出があるんで……行く前に連絡します』
『ごめん、ありがとう』
また同じ内容を送ってしまったけれど、それを気にしている余裕はなかった。
来てくれる。
嬉しさと申し訳なさが胸の中を渦巻いていた。
どっちが強いのかはわからないし、こんな我儘を言って良かったのかもわからない。けれど、やっぱり嬉しかった。
そして、はっとする。
彼氏がきてくれるというのにこんな格好では情けなさ過ぎる。昨日はお風呂も入っていないし、きっと寝ている間に汗もかいた。でも風邪を引いているというのにメイクをしっかりして普通の服というのも。
悩んで、でも着替えることにした。普段のスウェットから、ちょっとかわいい部屋着に。
そのくらい『彼女』でいたいと思うことは許してほしい、と思う。
体が少しだるくておっくうではあったけれど、お風呂に入らないまま会うなんてことは自分が許せなかった。
ちょっと無理をしたけれどシャワーを浴びる。
でもそれはあまり悪くはなかったようだ。汗を流してすっきりしたのだから。
汗をかいたままも良くないから、良かったかも。
思いながら、髪をとかして、顔にはフェイスパウダーだけをはたいてなんとか誤魔化す。
志月が訪ねてきてくれたのは、その数時間後の8時半頃だった。