「鈴木先輩と幸希さんは、本当に仲がいいですね。高校時代からそうでしたよね」
 やりとりを見ながら志月も楽しそうに言ってくれた。運ばれてきたパスタをフォークで巻き取りながら。
「あれ、よく見てたね。確かにそうだったけど」
 亜紗も自分のドリアにスプーンを入れながら答えたけれど、なんだか不思議そうだった。
 やはり、同じ部活だったとはいえそれほど長い時間を一緒に過ごしたわけではないのに、把握されているのはちょっと不思議だろう。それにはちゃんと理由があるのだけど。
 そして志月はするっと言ってのけた。
「それはそうですよ。だって、僕は幸希さんばかり見ていましたからね」
「え、ちょっと、戸渡くん、それって」
「はい、高校時代も幸希さんのことが好きでした」
 ああ、やっぱり。
 幸希の顔が熱くなる。
 実際に面と向かって言われているので知ってはいたけれど、亜紗という共通の知人に話されるのはやっぱりちょっと恥ずかしい。
「へーえ、そうだったんだ」
 亜紗は当然のように、にやにやと笑った。
 これ以上放置すれば、亜紗から余計なことを言われかねない。幸希は慌ててストップをかける。
「ちょっと志月くんも! 二人してそういうことばっかり言わないで!」
「あはは、照れてる」
 それでも亜紗には流された。こういう性格なのだ。
 でもこの話はここでおしまいにしてくれた。そのくらいには空気を読んでくれるのだ。
「もうデートとかしたの?」
 こっちはこっちで恥ずかしいけれど。
 幸希は亜紗ほど積極的な性格ではないので、言葉少なになってしまいながらパスタを口に運んだ。チーズをたっぷり使っているパスタは濃厚でおいしい。初めてくるところだったけれど、いいお店に当たったな、と思う。
「はい。まだ何回かですけど」
「そうなんだ。どこに行ったの?」
 デートや交際について亜紗に色々聞きだされた頃には、パスタなどのメインの料理もなくなって、デザートがきた。
 デザートはシャーベットだった。季節のシャーベットはオレンジ。わずかに酸味があって、濃厚なパスタを食べたあとの口の中をさっぱりさせてくれる。
「幸希さん、って呼び方いいね。戸渡くんらしい」
 シャーベットを食べながら亜紗が、ふと言った。
 会話の中で志月がずっと「幸希さん」と呼んでいたからだろう。
「はい。なんとなくこれがしっくりきて」
「彼氏になったんだからてっきり呼び捨てかと思ったけれど」
 確かにそういう話をはじめてのデート、花火大会で名字呼びから一歩進むときに言われた。
「幸希さんもそれでいいって言ってくれたんですけどね、やっぱりこっちのほうがいいなって」
 そしてそのとおりのことを志月も言った。
「逆に幸希からは『志月くん』なんだね」
「私もかな……なんかしっくり……」
「あはは、同じだ」
 一度笑ったものの、亜紗は優しく言ってくれた。
「でも、呼びやすいのがいいよね」
 そう言ってもらえると嬉しい。幸希の顔に笑みが浮かぶ。
 自分たちの関係を肯定してもらえた気がして。
「よーし! もう一軒行こう!」
 食事がすべて済んで店を出て。
 亜紗は勢いよく言った。
 『もう一軒』とは勿論飲みに行こうという意味だろう。バーかどこかへ。
「ちょっと亜紗、私たちは明日仕事なんだけど?」
 幸希の言葉は一蹴された。
「えー? 大丈夫だよぅ。まだ10時にもなってないし、一時間くらい。ねっ?」
 確かにまだ少し時間は早いけれど。
 でも日曜の夜なのだ。明日は当たり前のようにいつもの時間に起きなければいけないし、早く帰っても別に普通だ。というか、それが翌日ラクだ。
「先輩たちが良いなら僕はかまいませんけど、大丈夫ですか?」
 志月はそう言った。確かに志月は明日休みなのだから、少し遅くまで付き合ってくれたところであまり支障はないだろう。
「じゃ、行こ! まだ色々聞きたいしさ」
 幸希の言葉はスルーされて、もう一軒ということになってしまう。
 仕方ないか。
 幸希も苦笑した。
 この強引さが亜紗らしいし、嫌いでない。むしろ高校時代……今よりもっと引っ込み思案だった頃は、この行動力にずいぶん助けられたものだ。
「あんまり変なこと聞かないでよ?」
「へー、どんなことかなぁ?」
 にやにやと言う亜紗が二人を連れて行ってくれたのは、たまに行くのだというバーだった。
 どちらかというと静かなお店で、幸希もくつろぐことができて。
 酒の力も手伝ってか、するりと志月とのことを話すことができた。そして亜紗も、ここまでの強引さが嘘のように、優しくその話を聞いてくれたのだった。
 結局日付が変わるくらいまで飲んでしまって、そして家まで志月が送ってくれた。飲んだのでタクシーだったが。
「ごめんねぇ、戸渡くん。私まで乗せてもらって」
 亜紗はずいぶん酔ったようで、口調がふにゃっとしている。
 タクシーはまず亜紗の家を目指していた。
「なに言ってるんですか。当たり前ですよ。鈴木先輩だけ一人で帰すなんてしません」
 タクシーを呼んでくれたのは志月だった。自分は助手席に座って、幸希と亜紗を後部座席へ乗せてくれた。
「だってさぁ。幸希、良かったね。優しい彼氏ができて」
 亜紗が言ってくれる声があまりに優しかったので。
 幸希もそのまま肯定していた。
「……うん」
 志月はちょっと驚いたような空気が伝わってきたが、すぐに、ふっと嬉しそうな声が返ってくる。
「……ありがとうございます、幸希さん」
「んふふ。お幸せにぃ」
「ちょっと、亜紗」
 亜紗は心底嬉しそうに言って。
 隣に座る幸希の腕に腕を絡めてくれた。
 この優しい親友がいてくれたことを、幸希は心から感謝した。