「お久しぶり、戸渡くん」
「お久しぶりです。鈴木先輩」
 久しぶりに会った、共通の知人。待ち合わせをしていたイタリアンの店に遅れて入ってきた志月は『鈴木先輩』に頭を下げた。亜紗はそんな彼と幸希の前で「懐かしいね」とにこにこしている。
 亜紗は、幸希にとっては友人。
 志月にとっては先輩。ただし、それなりに遠い関係だ。
 数日前に「今度亜紗と会うんだ」という話をしたところ、「へぇ、懐かしいですね」と志月は言った。
「鈴木先輩、ですよね? 茶道部の部長だった」
「そうだよ。よく覚えてるね」
「部長さんでしたから、お世話になりましたよ」
 当たり前のように志月は言ったけれど、やっぱり幸希と同じくらいの期間しか関わった時間はないだろうにすごいことだと思う。
 そこで亜紗に言われていたことを思い出す。「戸渡くんと付き合うことになったんだって? 今度、私にも会わせてよ」と。
 幸希にも問題はなかったので「いいよ」と軽く約束をした。
「志月くんもどう? 一緒に」
 数日前の幸希の誘いに、志月は目をまたたかせた。
 それはそうだろう、幸希は「亜紗と会う」としか言わなかったのだ。
「え、いいんですか?」
「亜紗が紹介……っていうのもヘンか、一応知り合いだし。会いたいって」
「そうですか……では、なんだか女子会にお邪魔するようで悪いですが、お邪魔しましょうか」
 そのような経緯で、三人で会うことになったわけだ。
 日曜日だった。幸希と亜紗は普通に休日なので、昼間から会ってショッピングなどしてきた。
 志月はやはり当たり前のように仕事があった。なので仕事上がりの夜に、三人で軽くディナーでもという話になったのだ。
 日曜日なのは、志月への気遣いだ。翌日の月曜日が休みだというので。日曜日が休みの幸希と亜紗の予定に合わせてもらったので、そこは気を遣わせてもらうことにした。
「戸渡くん、なににする?」
 仕事後だからか、志月はスーツ姿だった。クールビズをやっているそうで、上は半袖のシャツだけだったが。それでもきちんとした格好だ。
「そうですねぇ……」
「私と幸希は、もう前菜いただいちゃったけどごめんね」
「かまわないですよ。むしろ遅くなってすみません」
 話しながら志月はメニューを見ていった。チェーン店などではないので、メニュー表も凝っている。
 幸希と亜紗の前にはシャンパンのグラスがあった。志月を待つ間、一時間ほどあったのでサラダや軽いつまみをいただきながら一杯先にやらせてもらっていたのだ。
 なににしようかメニューをめくって見ている志月を見ながら、亜紗はゆったりシャンパンを傾けている。
 亜紗は高校時代、部の部長を勤めていただけあって積極的な性格だ。
 そう、交際前に戸渡くんと再会して、という話をしたときすぐに「付き合っちゃいなよ」と言ったくらいには。
 なので10年ぶりに再会した志月に対してもなにも臆する様子を見せずに、すぐに普通に話し出した。それは高校時代のときのような、でもちゃんと大人になったやりとりのような、不思議な喋り方だった。
 メニューも決まって、すぐに志月の選んだワインも来た。濃い口の赤ワインだ。濃紫がうつくしい。
「じゃ……幸希と戸渡くんの交際にかんぱーい!」
 亜紗がグラスを掲げて、チン、と音を立てて3つのグラスが触れ合った。
 なんだか恥ずかしかったけれど。
 交際を祝われるのは。
 でも嬉しい。仲の良い亜紗に祝ってもらえて。
「今日はショッピングに行ってきたんですよね」
 ワインをひとくち飲んでから志月が言った。
「うん。久しぶりだから色々見ちゃった。セールもやってたし」
 嬉しさからか、はじめは亜紗の前で志月と話すことにちょっと緊張を覚えていたけれど、すぐにいつもどおりに話せるようになったのは。
「買い物にはちょうどいい季節ですよね。まだ夏ものも着ますしね」
 言った志月に、亜紗がにやにやとしながら言った。
「幸希、新しいワンピース買ったんだよ。戸渡くんに見せたいって」
「ちょっと、亜紗!」
 幸希は、あわあわと言った。
 どうやら亜紗はちょっと酔っているようだ。シャンパンももう二杯目なので仕方がないかもしれないが。
「あ、ごめん。サプライズのほうがよかったよね」
「そうじゃなくて!」
 幸希と亜紗のやりとりを見て、むしろ志月のほうが苦笑する。
「聞き出したみたいになっちゃいましたね。ごめんなさい」
「や、そんなことは、ないけど」
 幸希はちょっと戸惑いながら言う。
 確かにデートで初めて着て、「いいですね」とか「似合ってますよ」とか言われたかった、とは思っていたので。
 最近買ったことはわからなくても、志月なら服を褒めてくれると信じていたので。
 もう、亜紗ったら。
 亜紗のことをちょっぴり恨んだ。この楽しさの中ではシャンパン一滴くらいではあったけれど。