なるほど、と幸希はそれだけで納得した。
 大人になってからも、好きになったひとに気持ちを伝えることなんて簡単にはできない。高校生にとってはもっと、もっと難しいだろう。
 実際、幸希も同じ経験をしていた。同級生の男の子に片想いをしていたのだが、結局告白はできなかったし、そのまま卒業で別れてしまった。
 ほかの子に片想いしていたからだからだろうか。
 少しは身近ともいえた戸渡からの気持ちに気付かなかったのは。
 それもなくはないと思う。
「だから、再会できたときすごく驚きましたし、すぐ思いました。今度こそ先輩に想いを伝えようと。きっとこの偶然はそのためにあったんだと」
 見つめて言われて、幸希は思った。
 このひとはもうただの後輩ではなく、一人の男の人だ。自分にとって特別な存在。
「……ありがとう」
 幸希の目元は緩んだ。
 それを見て戸渡も安心したのだろう。同じように笑みを浮かべる。
 そして。
 そっと顔を近づけられた。
 どくりと心臓が高鳴ったものの、幸希は当たり前のように目を閉じた。
 くちびるが触れ合う。
 触れるうちに、戸渡の手だろう、なにかが頬に触れた。花火を見ていたときと同じようにやはり汗ばんでいたけれど、やはり不快ではなく。
 そのようにひとつ恋人同士として進んでから、幸希は帰り道、言った。
「そろそろ『先輩』は、やめにしない?」
 幸希からの申し出に、戸渡は驚いたようだ。
 けれど、多分ぱぁっと顔が輝いた。歩いていたのではっきり正面からは見えなかったけれど。
「えっと、じゃあ、幸希さん」
「呼び捨てでもいいんだよ?」
 言ったけれど、戸渡はすぐにそれを拒否してくる。
「いえ、いけません。いきなりそれは一足飛びすぎます」
「そうかなぁ」
 やはり忠実なワンコのよう、と幸希は笑ってしまったのだけど、結局「幸希さん」で良いことにした。
 そのほうが戸渡らしい、と思ってしまったゆえに。
 丁寧な言葉遣いが似合うというのは、まだ彼を後輩扱いしているかなぁ、と思わなくもないのだが、そう接されるのが心地いいのだからそれで良いと思う。
「じゃあ、私からも名前にしてもいい?」
 もう一度顔が輝いただろう。
 幸希はくすくす笑って、呼んだ。初めて呼ぶ呼び方で。
「志月くん」
「はい」
 にこっと笑って答えてくれる戸渡……志月はもう後輩の顔だけではなかった。
 対等な恋人関係にもなった、顔。