八月ももうすぐ終わり。最終週には花火大会がある。都内では何度もあった花火大会も、これが最後。
 花火大会といえば浴衣。お盆に実家に帰ったときは、高校時代の友人と一緒に地元の花火大会に行った。しかし都内ではタイミングを逃してまだ行けておらず、最後のものは見たいと思っていたのだ。
 そして着物が好きな以上、浴衣も好きなので幸希は以前からそれに行くつもりだった。
 その計画は、先日の出来事で唐突にデートに変わってしまった。
「花火大会ですか。行きましょうよ」
 恋人関係になってまだ二週間ほどであったが、戸渡は当たり前のように言ってきた。
 あれから二人で出掛けたことはまだなかった。お盆を挟んでいたし、その間、幸希は実家に帰ってしまったので。
 高校が同じということは勿論地元も同じであるので、帰るタイミングがかち合っても不思議ではないのだが、「すみません、お盆は旅行の予定を入れてしまっていて」とすまなそうに言われた。
 久しぶりの長期旅行だからと友達と沖縄に行く予定をかなり前から立てていたのだと言われて、幸希は「そうなんだ」とだけ言った。
「せっかくの休みなのにすみません。恋人を放り出して友達と旅行とか」
 やはりすまなさそうに言われたけれど、そう言われるのはまだ恥ずかしい。
 慣れやしない、たった数日では。
 なのでお盆明けにはもともとデートをする予定ではあったし、夏のデートとして花火大会は定番すぎるともいえた。
 幸希とて断る理由はない。デートとなるのはちょっと恥ずかしいものの、「うん、行こう」とあっさり承諾して日曜日に駅前で待ち合わせをした。
 土日休みの幸希と違って、営業職の戸渡は不定休だ。土日はむしろ仕事であることが多いので、その日も「仕事上がりになりますが行きますね」と言っていた。なのでてっきり仕事帰りの服で来ると思ったのだが。
「お待たせしました」
「え、どうしたの、それ」
 現れた戸渡は、なんと浴衣を着ていた。浴衣姿よりも、『浴衣を着てきた』という事実のほうに先に驚いてしまう。
「っていうか、仕事じゃなかったの?」
 聞いたのだが「早退しました」としれっと言われる。
 なんと。確かにこの時期では繫忙期ではないので早退も無理ではないと思うけれど。
 でも嬉しく思う。そのくらい、自分とのデートを大切に扱ってくれることが。
 戸渡は上背もあるので浴衣がよく似合っていた。浴衣が紺の縦縞模様なものあって、余計に背が高く見える。自然と幸希は見上げる格好になった。
 それでも今ではもう視線を合わせられるようになったことを嬉しく思う。
「やっぱり先輩は和服がよく似合いますね」
 会場へ向かおうと歩く間に、戸渡が褒めてくれた。
「ありがとう」
 お礼を言う声は弾んでしまった。
 今日の浴衣も綺麗に着られている自覚はあった。よく和服を着るのだ、慣れている。
 そしていくつか装飾もつけて、ちょっと豪華にしてみたつもりだ。そこを褒められればやはり嬉しい。
 そして幸希のほうも、戸渡の和服姿を見るのは実のところ初めてではなかったのだ。
 だって、高校時代は茶道部だ。
 普段の部活動は制服だったけれど、点前の会は和服。そのときなどできっと何回かは目にしていたはず。よく覚えていない、とは言えないけれど。
 ただ、「着物も似合う子だなぁ」と思った記憶はあった。それだけでも許してほしい。
「戸渡くんも和服が似合うね」
 幸希の言葉にも戸渡は嬉しそうに返してくれる。
「久しぶりに着たんですけどね。意外と覚えているものですね」
 ああ、やはり高校時代のことを思い出してくれていたんだ。
 想い出をわずかでも共有できるのは幸せだ。
 会場へ向かう、と思ったのだが。
 戸渡が幸希を連れていった先は、駅前のターミナルだった。
 タクシーにでも乗るのかと幸希は思った。
 確かにここから会場までは少し歩く。徒歩で15分くらいはかかるだろう。なのでタクシーを使うという発想もおかしくはないと思うのだけど。
 しかし当たり前のように、花火大会の日なのだ。タクシー乗り場は長蛇の列。これを待っていたら、花火に間に合うだろうか。
 心配になったのだけど、戸渡はタクシー乗り場を通過してしまった。
 え? じゃあバスとか?
 幸希は更に不思議になったのだが、バス乗り場だって混んでいる。タクシーよりももみくちゃになってしまう可能性もあるので、むしろバスのほうがネックかもしれない。
 けれど戸渡はそこも通過した。一般車両の並ぶほうのターミナルへ行ってしまう。
 そっちになにがあるというのだろう。
 不思議に思いつつもついていった。