戸渡と打ち合わせをして決めた、今回の食事はイタリアンだった。
チェーン店ではなく、ちょっと良いお店を提案されたので驚いた。初めて一緒にご飯を食べたときは気軽なアメリカンなピザ屋だったために。
まるで、これはデート。
思ってしまって幸希は自分を諫める。
そういうものではない。
単に、自分は先輩で、そしてあちらから近くに来る用事があって。
それだけ。
それでもその日はいつもよりも少しかしこまった格好をしてしまった。
普段から職場には制服がなく、オフィスカジュアルで良いことになっているのだが、ちょっとだけ休日にも着ているようなかわいいものを取り入れた。デートなどでなくても、ただの後輩でも、男性と一緒に食事に行くのだから、という理由付けで。
「お疲れ様です」
予定通り定時退社ができて、幸希が外に出るとそこに戸渡が待っていた。
「どこかに入っていて待っててくれてよかったのに」
一応駅前なのだから、近くにカフェなどもたくさんあるのだ。暑い折、こんな道路のそばで待っているのは暑かったろう。
「いえ、そこまで時間なかったですから。五分くらいしか居ませんでしたよ」
確かに18時に定時だから、その10分後くらいには出られる、とは言ったけど。本当に五分だけだったのだろうか、と思いつつも確かめるすべはない。
「ごめんね、きてもらっちゃって」
二人で歩きだしながら言うと、戸渡はさらりと否定する。
「そんなことないですよ。むしろお付き合いありがとうございます」
「ううん、……」
ちょっと言うか迷った。
けれど、口に出してみる。
「誘ってもらえて嬉しかったよ」
「本当ですか!」
戸渡は、ぱっと顔を輝かせた。
ああ、また褒められたワンコのような顔をする。
無邪気で人懐っこい顔だ。
「僕も先輩とご飯食べたかったんですよ。今日行くところですね、パスタの種類がとても豊富で、麺の種類、あ、太さとかですね、そういうのから選べて……」
今から行く店について色々と話しはじめる。
戸渡は話も上手い。そもそも新木課長から助けてくれたあたりから、コミュ力も話術もあるようだ。
彼女はいないと言っていたけれど、どうしてだろう。
背の高い横顔をちらりと見上げながら思った。
これほど性格も良くて、顔もなかなか。彼女の一人や二人すぐできるだろうし、早ければ結婚などしていてもおかしくないのに。むしろそのほうが謎だと思う。
「ここです」
細い道を入った先。
洗練された印象の、ちょっとかわいらしくもある外観の店だった。
「素敵だね」
「そうでしょう」
幸希が褒めるとまた嬉しそうな顔をする。
中も外観と同じだった。
白い木のテーブルと椅子。まさに女の子が好みそうな店だった。
こういうところ、男の人は普通は彼女とくるんじゃ。
思ったけれど、戸渡に「飲み物はなににします?」と訊かれて考えるのをやめておいた。
「飲みますか?」
お酒にしますかと訊かれたのはわかったけれど、明日も仕事だ。
「今日はノンアルにするよ」
それは普通の返事だったと思うのだが、戸渡も「じゃあ僕もそうしましょう」と言った。
「いいんだよ? 飲んでくれて」
飲みに行ったことも一度あるのだし、そのときも複数杯飲んでいた。それなりに酒は好きなのだろうと思ったのだが。
「実は車なんですよ。駅チカのパーキングに停めてて」
言われたことに納得する。それでは酒は飲めない。
ここのお店は少し街中で入り組んだところにあって、停めづらいので駅前に停めたのだろう。
「そうだったんだ。あ、営業車?」
「いえ、今日は自分の車で」
あれ? 内見で直帰って言わなかったかな。
なのに自分の車で?
内見ということは、普通は会社の車を使うものだと思う。ちょっと不思議に思った。
「なににしますか?」
流されてしまった。
意図的なのかそうでないのかはわからないが言われて、引っかかったことは置いておくことになってしまう。
それでも店にきているのだからとりあえず注文しないと。
思った幸希は「飲み物はジンジャーエールで……パスタはどれにしようかな」とメニューを見た。
「コースにしますか? そうするとパスタが二種類選べますよ」
やりとりをする。
戸渡は自分のメニューを幸希に見せて、色々指さしてくれた。
もう夕ご飯の時間。ダイエットをしていてお昼を控えめにしているので、おなかはずいぶん空いていた。
今日だけはダイエットのことは忘れて食べてもいいかな。せっかく人と食べるんだし。
思って幸希は「このコースにしようかな」と決めた。
すると戸渡は「じゃあ僕もこれで」と言う。
「え? 好きなの選んでいいんだよ?」
男の人には少し少ないかもしれない。
思って言ったものの、戸渡はさらりと言った。
「同じものが食べたいです」
その言い方はかわいらしかったけれど、言われた内容にはどくりと心臓がざわめいた。
一体どういう意図なのかさっぱりわからない。
食事に誘ってくれたことから、外で待ってくれていたことも、ノンアルに付き合ってくれたことも、ほかにも色々と。
チェーン店ではなく、ちょっと良いお店を提案されたので驚いた。初めて一緒にご飯を食べたときは気軽なアメリカンなピザ屋だったために。
まるで、これはデート。
思ってしまって幸希は自分を諫める。
そういうものではない。
単に、自分は先輩で、そしてあちらから近くに来る用事があって。
それだけ。
それでもその日はいつもよりも少しかしこまった格好をしてしまった。
普段から職場には制服がなく、オフィスカジュアルで良いことになっているのだが、ちょっとだけ休日にも着ているようなかわいいものを取り入れた。デートなどでなくても、ただの後輩でも、男性と一緒に食事に行くのだから、という理由付けで。
「お疲れ様です」
予定通り定時退社ができて、幸希が外に出るとそこに戸渡が待っていた。
「どこかに入っていて待っててくれてよかったのに」
一応駅前なのだから、近くにカフェなどもたくさんあるのだ。暑い折、こんな道路のそばで待っているのは暑かったろう。
「いえ、そこまで時間なかったですから。五分くらいしか居ませんでしたよ」
確かに18時に定時だから、その10分後くらいには出られる、とは言ったけど。本当に五分だけだったのだろうか、と思いつつも確かめるすべはない。
「ごめんね、きてもらっちゃって」
二人で歩きだしながら言うと、戸渡はさらりと否定する。
「そんなことないですよ。むしろお付き合いありがとうございます」
「ううん、……」
ちょっと言うか迷った。
けれど、口に出してみる。
「誘ってもらえて嬉しかったよ」
「本当ですか!」
戸渡は、ぱっと顔を輝かせた。
ああ、また褒められたワンコのような顔をする。
無邪気で人懐っこい顔だ。
「僕も先輩とご飯食べたかったんですよ。今日行くところですね、パスタの種類がとても豊富で、麺の種類、あ、太さとかですね、そういうのから選べて……」
今から行く店について色々と話しはじめる。
戸渡は話も上手い。そもそも新木課長から助けてくれたあたりから、コミュ力も話術もあるようだ。
彼女はいないと言っていたけれど、どうしてだろう。
背の高い横顔をちらりと見上げながら思った。
これほど性格も良くて、顔もなかなか。彼女の一人や二人すぐできるだろうし、早ければ結婚などしていてもおかしくないのに。むしろそのほうが謎だと思う。
「ここです」
細い道を入った先。
洗練された印象の、ちょっとかわいらしくもある外観の店だった。
「素敵だね」
「そうでしょう」
幸希が褒めるとまた嬉しそうな顔をする。
中も外観と同じだった。
白い木のテーブルと椅子。まさに女の子が好みそうな店だった。
こういうところ、男の人は普通は彼女とくるんじゃ。
思ったけれど、戸渡に「飲み物はなににします?」と訊かれて考えるのをやめておいた。
「飲みますか?」
お酒にしますかと訊かれたのはわかったけれど、明日も仕事だ。
「今日はノンアルにするよ」
それは普通の返事だったと思うのだが、戸渡も「じゃあ僕もそうしましょう」と言った。
「いいんだよ? 飲んでくれて」
飲みに行ったことも一度あるのだし、そのときも複数杯飲んでいた。それなりに酒は好きなのだろうと思ったのだが。
「実は車なんですよ。駅チカのパーキングに停めてて」
言われたことに納得する。それでは酒は飲めない。
ここのお店は少し街中で入り組んだところにあって、停めづらいので駅前に停めたのだろう。
「そうだったんだ。あ、営業車?」
「いえ、今日は自分の車で」
あれ? 内見で直帰って言わなかったかな。
なのに自分の車で?
内見ということは、普通は会社の車を使うものだと思う。ちょっと不思議に思った。
「なににしますか?」
流されてしまった。
意図的なのかそうでないのかはわからないが言われて、引っかかったことは置いておくことになってしまう。
それでも店にきているのだからとりあえず注文しないと。
思った幸希は「飲み物はジンジャーエールで……パスタはどれにしようかな」とメニューを見た。
「コースにしますか? そうするとパスタが二種類選べますよ」
やりとりをする。
戸渡は自分のメニューを幸希に見せて、色々指さしてくれた。
もう夕ご飯の時間。ダイエットをしていてお昼を控えめにしているので、おなかはずいぶん空いていた。
今日だけはダイエットのことは忘れて食べてもいいかな。せっかく人と食べるんだし。
思って幸希は「このコースにしようかな」と決めた。
すると戸渡は「じゃあ僕もこれで」と言う。
「え? 好きなの選んでいいんだよ?」
男の人には少し少ないかもしれない。
思って言ったものの、戸渡はさらりと言った。
「同じものが食べたいです」
その言い方はかわいらしかったけれど、言われた内容にはどくりと心臓がざわめいた。
一体どういう意図なのかさっぱりわからない。
食事に誘ってくれたことから、外で待ってくれていたことも、ノンアルに付き合ってくれたことも、ほかにも色々と。