それはライン通知だった。
 あれ、誰だろ。
 今日会った誰かかな。
 もしくは会社の連絡。
 もしくは友達。
 もしくはお母さんなどの家族。
 考えられる可能性はいくらでもあった。
 どれも急ぎの用事ではなさそうだけど、一応見ておこう。
 電車に乗って、網棚に「よいしょ」と引き出物なんかの、邪魔なくらいに大きな袋を置いてしまって。パーティー用の小さなバッグから幸希はスマホを掴み出した。
 そこでライン通知画面を見て、ちょっと目を丸くしてしまう。
 『戸渡 志月』と表示されている。
 戸渡だ。
 なんの用事があって?
 連絡を取るのはちょっと久しぶりだった。
 ラインも電話もこなかったし、あれから会社に訪ねてくる機会もなかったのだろう。幸希の勤める店舗にやってくることもなかった。
 ぽんと通知画面をタッチすると、会話履歴が表示された。
 まずかわいいスタンプが押されているのが目に入る。『お久しぶりです』と、大型犬がお辞儀をしているスタンプ。
 このスタンプを初めて見たときは、くすっと笑ってしまった。まさにワンコらしい戸渡らしすぎるスタンプではないか。
 おまけにこれは、なにかのオマケでもらえるものでなく、ちゃんと売っているものだ。つまり、選んで買ったのだ。
 ということは、自分がワンコに似ているということは多少自覚があるのだろうか、と思ってしまったこともあって。
『こんばんは。お久しぶりです』
 ラインはそれではじまっていた。
『今度、巣鴨に内見に行って、直帰なんです。早めに終わるんで、ご飯でもいかがですか?』
 続く言葉に、幸希はちょっと驚いた。誘われるとは思わなかった。
 確かに巣鴨エリアと、幸希の勤める駒込エリアはかなり近い。だから食事くらい誘われるのはまるで不自然ではないのだけど。
 いいとしの男女が食事を共にするのだ。
 まさか、戸渡からもなにかしら意識するものがあるのだろうか?
 ちょっと胸が高鳴った。
『いいよ。何日?』
 高速で返信を打ち込みながら、幸希は思ってしまった。
 彼氏候補。
 先日、亜紗から言われたことが頭をよぎってしまったのだ。
 結婚式に付随してきたあれそれで、弱気になっていたところだったからかもしれない。そんな打算的なことを考えてしまったのは。
 そしてまたそんな自分に嫌気がさしてしまう。
 ひとのこと、そんな入口から好きになりたくない。
 ましてや、戸渡は大切な後輩だ。まるでモノのように考えたくなどなかった。
 心から「このひとと一緒に居たい」と思えば別だけれど。
 そういう気持ちになれたなら、いいひとだとは思う。
 けれど、今はまだ。
 でも戸渡から返ってきたのは嬉しそうな返信だった。そっけないライン画面でもわかるくらいに。
 『やったー』と大型犬がやっぱり万歳していた。
 まるで高校生同士のラインではないか。幸希はおかしくなってしまった。
『明後日なんですけど。18時前には駒込に行けます』
『おっけー。火曜日だね。定時の予定だから大丈夫だと思うよ』
『ありがとうございます! なに食べましょうか?』
 それでも、そんなやりとりは楽しかった。
 結婚式で感じてしまった、似つかわしくないマイナスの感情。
 それも薄らいでしまうほどに。