「どうよ、付き合ったら」
さらっと言われた。
けれど「じゃあそうするよ」と簡単に言える話でもない。
「いや、そういうつもりじゃないでしょ」
「えー、だって不動産会社の主任候補でしょ。出世コースでしょ。相手としちゃ悪くないじゃん」
幸希の言葉をスルーして、亜紗は条件をあげていく。
「まー、異動は多いんだっけ? そこだけネックかもねぇ。年下ってのもちょっとアレかもだけど……二歳くらいなら誤差でしょ」
なんて、亜紗は結婚相手としての値踏みを語りはじめた。
けれど幸希はあまり気が進まなかった。
戸渡がどうこうという以前に、結婚相手を条件で決めたくはない、と以前から思っていた。
シンプルに言えば、恋愛結婚がしたいのだ。この歳になっては、もう少々高望みかもしれないのに。
街コンに行ったくらいには、合コンなりお見合いなりそういうところでさっさと相手を見つけて結婚前提に付き合って……というのが多分、現実的だとわかっている。
夢見る乙女じゃあるまいし、と自分に呆れることもあるのだけど、願望は願望。持っているだけならいいと思っている。
それはともかく、戸渡本人。
今のところ、戸渡のことは彼氏候補とかそういう対象としては見ていなかった。
でも先日、彼氏の振りをして助けてもらっている。なのでまるで興味が無いというわけでもなかった。知らんぷりだってできないし。
それにちょっとときめいた。だって、亜紗の言ったように、『ナイト』ともいえる行為だったのだから。
「結構いいんじゃないかなー。幸希、面倒見いいけどちょっと無理しがちなとこあるから、そういう気の付く子が彼氏か旦那になると助けてくれるかもよ?」
亜紗は急に真面目な話をはじめた。それは何度か言われていたことだ。
「いつもそう言うけどさぁ」
「だって大学時代に倒れたことあったでしょ。レポートに集中しすぎて」
耳に痛いことを言われた。幸希は、う、と詰まってしまう。
三年生の終わり。卒論のかかったレポート。難航するあまり、二徹してしまったあとの日のことだ。
結果、学校で重度の貧血を起こして病院に運ばれてしまったのだ。
幸いただの過労と貧血だったので、投薬と点滴で済んだ。そして日帰りで夜には帰ることができたけど、そのとき一緒にいた友達は青ざめて病院まで付き添ってくれたし、両親には叱られた。「体を壊したら元も子もないでしょう!」と。
亜紗は大学が別だったけれど、その話は当時にしていたのだ。
友達にも両親にも、そして多分教授などにも迷惑をかけてしまったこと。そのくらい無理をしてしまったのは考えなしだったと思うのだが、『やることがある』となるとそればかりになって突っ走ってしまうのは、幸希の悪い点であるといえた。
なので、違う視点で言えば、ルーティンワークである今の事務職ではそういう事態になることはないのでそこは心配しなくていい。時間になれば帰れるし、営業の人とは違って急な来客で振り回されることもない。
そこまで考えて、あ、と幸希は思い出してしまう。
いや、そんなこともなかった。
戸渡と再会して間もない頃。鍵の受け渡しに付き合って、二時間の残業をしている。
そういうところも、私の悪いところが出たのかな。
幸希はそこで初めて、ちょっと反省した。
「ま、いいじゃん。何回か会ってみたら? せっかく同業なんだし」
「そうだね」
それはそのとおりだったので、幸希はおとなしく頷いた。
また顔を合わせることもあるだろう。電話もラインも交換したし。
そこまでは亜紗には言わなかったけれど。
言えばつつかれることは確実だったので。
「無理するっていえばさぁ、彼氏もこないだ風邪、こじらせたんだよね。もー、インフルかってくらい熱が上がって」
飲み干したミントレモンティーのグラスを、こん、と音を立ててテーブルに置いて、亜紗はためいきをつく。
「マジで……違った?」
「幸いね。でも夜まで看病に付き合わされて……仕事そのあとダルかった。ここまでさせるなら、さっさと結婚してくれっての」
そのあとは、愚痴混じりの亜紗の話になった。幸希はちょっと苦笑いしながら相槌を打っていく。
亜紗は文句もたくさん言ったけれど。
そして、これまで、大学時代から今までずっとそうだけど。
でも、そのくらいに近しい彼氏が居るのはきっと幸せなのだ。
幸希は過去の、うまくいかなかった恋愛を思い出していた。
亜紗が羨ましかった。
プロポーズはまだしてくれないとはいえ、多分結婚するのだろう。大学時代から付き合って、この歳まで続いているだけで、望みはじゅうぶんすぎるくらいあると思う。
そこでちょっと戸渡のことを思い出してしまった。
『気の付く子が彼氏になるといい』
思えば、過去に一瞬だけ彼氏だったひとたちは、割合横暴なひとたちだった。一人などは「ほかに好きな子ができたから」なんて、たった三ヵ月で幸希を捨てた。
なにが悪かったのかはわからないけれど。
単純に遊ばれただけかもしれないけれど。
それでもじゅうぶんに傷ついた。
少しの間、彼氏だった男に優しくされたこともあったけれど。幸希にそこまで気を回してくれたのは、戸渡が初めてだ。
彼にはちょっと悪いかもしれないが、過去の交際相手と比べることで、幸希は初めて『彼氏としても、いい子なのかもしれない』と思ったのだった。
さらっと言われた。
けれど「じゃあそうするよ」と簡単に言える話でもない。
「いや、そういうつもりじゃないでしょ」
「えー、だって不動産会社の主任候補でしょ。出世コースでしょ。相手としちゃ悪くないじゃん」
幸希の言葉をスルーして、亜紗は条件をあげていく。
「まー、異動は多いんだっけ? そこだけネックかもねぇ。年下ってのもちょっとアレかもだけど……二歳くらいなら誤差でしょ」
なんて、亜紗は結婚相手としての値踏みを語りはじめた。
けれど幸希はあまり気が進まなかった。
戸渡がどうこうという以前に、結婚相手を条件で決めたくはない、と以前から思っていた。
シンプルに言えば、恋愛結婚がしたいのだ。この歳になっては、もう少々高望みかもしれないのに。
街コンに行ったくらいには、合コンなりお見合いなりそういうところでさっさと相手を見つけて結婚前提に付き合って……というのが多分、現実的だとわかっている。
夢見る乙女じゃあるまいし、と自分に呆れることもあるのだけど、願望は願望。持っているだけならいいと思っている。
それはともかく、戸渡本人。
今のところ、戸渡のことは彼氏候補とかそういう対象としては見ていなかった。
でも先日、彼氏の振りをして助けてもらっている。なのでまるで興味が無いというわけでもなかった。知らんぷりだってできないし。
それにちょっとときめいた。だって、亜紗の言ったように、『ナイト』ともいえる行為だったのだから。
「結構いいんじゃないかなー。幸希、面倒見いいけどちょっと無理しがちなとこあるから、そういう気の付く子が彼氏か旦那になると助けてくれるかもよ?」
亜紗は急に真面目な話をはじめた。それは何度か言われていたことだ。
「いつもそう言うけどさぁ」
「だって大学時代に倒れたことあったでしょ。レポートに集中しすぎて」
耳に痛いことを言われた。幸希は、う、と詰まってしまう。
三年生の終わり。卒論のかかったレポート。難航するあまり、二徹してしまったあとの日のことだ。
結果、学校で重度の貧血を起こして病院に運ばれてしまったのだ。
幸いただの過労と貧血だったので、投薬と点滴で済んだ。そして日帰りで夜には帰ることができたけど、そのとき一緒にいた友達は青ざめて病院まで付き添ってくれたし、両親には叱られた。「体を壊したら元も子もないでしょう!」と。
亜紗は大学が別だったけれど、その話は当時にしていたのだ。
友達にも両親にも、そして多分教授などにも迷惑をかけてしまったこと。そのくらい無理をしてしまったのは考えなしだったと思うのだが、『やることがある』となるとそればかりになって突っ走ってしまうのは、幸希の悪い点であるといえた。
なので、違う視点で言えば、ルーティンワークである今の事務職ではそういう事態になることはないのでそこは心配しなくていい。時間になれば帰れるし、営業の人とは違って急な来客で振り回されることもない。
そこまで考えて、あ、と幸希は思い出してしまう。
いや、そんなこともなかった。
戸渡と再会して間もない頃。鍵の受け渡しに付き合って、二時間の残業をしている。
そういうところも、私の悪いところが出たのかな。
幸希はそこで初めて、ちょっと反省した。
「ま、いいじゃん。何回か会ってみたら? せっかく同業なんだし」
「そうだね」
それはそのとおりだったので、幸希はおとなしく頷いた。
また顔を合わせることもあるだろう。電話もラインも交換したし。
そこまでは亜紗には言わなかったけれど。
言えばつつかれることは確実だったので。
「無理するっていえばさぁ、彼氏もこないだ風邪、こじらせたんだよね。もー、インフルかってくらい熱が上がって」
飲み干したミントレモンティーのグラスを、こん、と音を立ててテーブルに置いて、亜紗はためいきをつく。
「マジで……違った?」
「幸いね。でも夜まで看病に付き合わされて……仕事そのあとダルかった。ここまでさせるなら、さっさと結婚してくれっての」
そのあとは、愚痴混じりの亜紗の話になった。幸希はちょっと苦笑いしながら相槌を打っていく。
亜紗は文句もたくさん言ったけれど。
そして、これまで、大学時代から今までずっとそうだけど。
でも、そのくらいに近しい彼氏が居るのはきっと幸せなのだ。
幸希は過去の、うまくいかなかった恋愛を思い出していた。
亜紗が羨ましかった。
プロポーズはまだしてくれないとはいえ、多分結婚するのだろう。大学時代から付き合って、この歳まで続いているだけで、望みはじゅうぶんすぎるくらいあると思う。
そこでちょっと戸渡のことを思い出してしまった。
『気の付く子が彼氏になるといい』
思えば、過去に一瞬だけ彼氏だったひとたちは、割合横暴なひとたちだった。一人などは「ほかに好きな子ができたから」なんて、たった三ヵ月で幸希を捨てた。
なにが悪かったのかはわからないけれど。
単純に遊ばれただけかもしれないけれど。
それでもじゅうぶんに傷ついた。
少しの間、彼氏だった男に優しくされたこともあったけれど。幸希にそこまで気を回してくれたのは、戸渡が初めてだ。
彼にはちょっと悪いかもしれないが、過去の交際相手と比べることで、幸希は初めて『彼氏としても、いい子なのかもしれない』と思ったのだった。