「だから、部活はまったく違うのにしてみようかな、とか思ったんですよ。気分転換もしたかったですし」
『まったく違う』にしてもほどがないか、と思った幸希ではあったが、そう突飛な話でもなかった。戸渡のあげていった理由を聞いてみれば。
「軽い気持ちでした。着物好きだし、あと身内がちょっとお茶をやってて見に行ったり……少しはかじってたのもある、くらいです」
興味を持った理由を話して、次に言われたことは幸希を嬉しくさせた。
「それで見学に行ったら部室も素敵だし、なにより部活内のひとたちも和気あいあいとしていて、陸上部とは全然違って。ここだったらきっと、楽しく心地良く過ごせるだろうって思って。それで入部しました」
陸上部の雰囲気が合わなくて辞めたのであれば、次に入る部活は雰囲気重視になるだろう。
過ごしていて楽しいところ。それを一発で引き当てられるとは限らないということだ。
幸希が『着物が好きだから』とシンプルに茶道部を選んで、三年間ずっとそこで過ごせたのは、運がよかっただけ。
話は一旦終息した。
ふう、と息をついて、戸渡は幸希を見た。
「そんなところです。すみません、語りになっちゃいましたね」
確かにここまでずっと戸渡が話していた。
けれど聞いたのは幸希だ。そしてこれを聞けて良かった、と思う。
「ううん。実はちょっと気になってたから謎が解けたよ」
茶化して言った幸希に、戸渡はほっとしたようだ。
「謎の存在でしたよね」
「うん、割と」
言い合って、くすくすと笑いが起こった。
「もう一杯飲もうか?」
誘いにはにっこり笑って応えられる。
「先輩がいいなら、僕も飲みたいです」
それぞれもう一杯オーダーして、そこでやっとお開きになる。
帰り際、戸渡は言った。
「今度は食事に行きましょうよ」
言われて幸希はむしろ嬉しくなった。アルコールを入れた高揚感も手伝っていたのかもしれない。
「うん。何曜日がいい?」
幸希はカレンダー通りの休日であるが、営業職はそういうわけではない。
むしろ土日のほうが当たり前に、部屋を探す客が多いのだ。土日に休みを取れるほうが、まれともいえる。
「そうですねぇ、近いところだと……来週の金曜日とかどうですか」
提案に、幸希はちょっと驚いた。てっきり平日、週の頭か真ん中あたりを言われると思っていたのだ。
「金曜日? 土曜日は仕事じゃないの?」
「でも鳴瀬先輩は翌日お休みのほうがいいでしょう」
「た、確かにそうだけど……」
気遣われたことに戸惑ってしまう。
まぁ、でも、と自分に言い聞かせた。
食事をするだけなのだから、そう遅くなることもないはずだ。
それなら気遣いに甘えてもいいのかな。
思って、「じゃあ、金曜日で」と約束した。
そして戸渡は「駅まで送りますよ」と言ってくれたので、またお言葉に甘えて駅まで一緒に歩く。流石に十時半も回りそうになっていた時間に繁華街を一人で歩くのは少し怖かったので、有難かった。
道のり、戸渡は言ってくれた。
「また、変な人に絡まれたら言ってくださいね」
「僕で良ければ、出来る限り力になりますよ」
そんな優しいことを言われれば、嬉しくなってしまう。
男性が頼りになる存在だということ。
幸希は初めて知ったのかもしれなかった。
「ありがとう。今日は本当に助かったよ」
「いいえ。良かったです」
そして、以前のように構内で別れた。
「気を付けてくださいねーっ」
戸渡はぶんぶんと手を振って、エスカレーターに乗る幸希を見送ってくれる。
あの日会社で十年ぶりに出会ったこと。
それが素敵な再会になったことを、改めて幸希は噛みしめた。
『まったく違う』にしてもほどがないか、と思った幸希ではあったが、そう突飛な話でもなかった。戸渡のあげていった理由を聞いてみれば。
「軽い気持ちでした。着物好きだし、あと身内がちょっとお茶をやってて見に行ったり……少しはかじってたのもある、くらいです」
興味を持った理由を話して、次に言われたことは幸希を嬉しくさせた。
「それで見学に行ったら部室も素敵だし、なにより部活内のひとたちも和気あいあいとしていて、陸上部とは全然違って。ここだったらきっと、楽しく心地良く過ごせるだろうって思って。それで入部しました」
陸上部の雰囲気が合わなくて辞めたのであれば、次に入る部活は雰囲気重視になるだろう。
過ごしていて楽しいところ。それを一発で引き当てられるとは限らないということだ。
幸希が『着物が好きだから』とシンプルに茶道部を選んで、三年間ずっとそこで過ごせたのは、運がよかっただけ。
話は一旦終息した。
ふう、と息をついて、戸渡は幸希を見た。
「そんなところです。すみません、語りになっちゃいましたね」
確かにここまでずっと戸渡が話していた。
けれど聞いたのは幸希だ。そしてこれを聞けて良かった、と思う。
「ううん。実はちょっと気になってたから謎が解けたよ」
茶化して言った幸希に、戸渡はほっとしたようだ。
「謎の存在でしたよね」
「うん、割と」
言い合って、くすくすと笑いが起こった。
「もう一杯飲もうか?」
誘いにはにっこり笑って応えられる。
「先輩がいいなら、僕も飲みたいです」
それぞれもう一杯オーダーして、そこでやっとお開きになる。
帰り際、戸渡は言った。
「今度は食事に行きましょうよ」
言われて幸希はむしろ嬉しくなった。アルコールを入れた高揚感も手伝っていたのかもしれない。
「うん。何曜日がいい?」
幸希はカレンダー通りの休日であるが、営業職はそういうわけではない。
むしろ土日のほうが当たり前に、部屋を探す客が多いのだ。土日に休みを取れるほうが、まれともいえる。
「そうですねぇ、近いところだと……来週の金曜日とかどうですか」
提案に、幸希はちょっと驚いた。てっきり平日、週の頭か真ん中あたりを言われると思っていたのだ。
「金曜日? 土曜日は仕事じゃないの?」
「でも鳴瀬先輩は翌日お休みのほうがいいでしょう」
「た、確かにそうだけど……」
気遣われたことに戸惑ってしまう。
まぁ、でも、と自分に言い聞かせた。
食事をするだけなのだから、そう遅くなることもないはずだ。
それなら気遣いに甘えてもいいのかな。
思って、「じゃあ、金曜日で」と約束した。
そして戸渡は「駅まで送りますよ」と言ってくれたので、またお言葉に甘えて駅まで一緒に歩く。流石に十時半も回りそうになっていた時間に繁華街を一人で歩くのは少し怖かったので、有難かった。
道のり、戸渡は言ってくれた。
「また、変な人に絡まれたら言ってくださいね」
「僕で良ければ、出来る限り力になりますよ」
そんな優しいことを言われれば、嬉しくなってしまう。
男性が頼りになる存在だということ。
幸希は初めて知ったのかもしれなかった。
「ありがとう。今日は本当に助かったよ」
「いいえ。良かったです」
そして、以前のように構内で別れた。
「気を付けてくださいねーっ」
戸渡はぶんぶんと手を振って、エスカレーターに乗る幸希を見送ってくれる。
あの日会社で十年ぶりに出会ったこと。
それが素敵な再会になったことを、改めて幸希は噛みしめた。