連れていかれたのはそこそこ高級なフレンチの店であったが、食事の味などわからなかった。砂を噛んでいるようなものである。
これなら家で適当な食事を作って食べるほうが、百倍美味しく感じると思った。
それどころかテーブルの下で新木課長の手が伸びてきて、幸希の脚に触れる。
幸希の背中に鳥肌が立った。吐きそうになるのを必死でこらえる。
そんなひどいディナーもなんとか終わり、当たり前のように新木課長は「もう一軒行こうか」などと言ってきた。どこへ連れていかれるかなど定かではないが、脚に触れられた以上のことがあるに決まっている。
もう逃げだしたい。
泣きたい気持ちでいっぱいになった幸希であったが。
「幸希さん! ……あれ? その方は?」
そこへ救いの手が差し伸べられた。
繁華街の一角。駅の方角からやってきた男性。そこにいたのは、戸渡であったのだ。
おまけに普段の『鳴瀬先輩』ではなく、『幸希さん』と呼んできた。動揺していた幸希はそれに気付かなかったが。
「あ、……会社の、上司です」
はっとして、やっと言った。
それだけで戸渡は事情をはっきりと察してくれたのだろう。
「そうなんですね」
「誰かね、きみは」
新木課長は不快感全開といった顔と声で言う。せっかく若い女の子をどこぞに連れていけそうになっていたところに、若い男に割り込まれたも同然なのだ。
「幸希さんとお付き合いさせていただいている、戸渡といいます」
戸渡の言ったことに仰天したのは、新木課長だけではなかった。むしろ幸希のほうが驚いてしまったかもしれない、爆弾発言。
「は? 鳴瀬さんはカレシはいないと……」
動揺した声で新木課長が言ったことで、幸希は事情を理解した。
戸渡は、幸希が『望まない相手と付き合わされている』と見てとって、助けてくれようとしてくれているのだ。
「あの、……別の会社の方なので、社内では黙っていて……」
しどろもどろになりつつも、幸希もそれに乗る。
そして戸渡が「虎視不動産の戸渡です」と告げると、今度こそ新木課長は黙った。同業として、無碍にもできないのだ。
おまけに戸渡の会社、虎視不動産は近年、大きく成長しつつあった。幸希と同年代なのはわかっただろうから、それなりの立場があるか、もしくは期待されているとわかったのだろう。
そんな会社の相手が彼氏だと名乗ったのだ。コトがこじれれば面倒なことになる。
「チッ」と舌打ちでもしたげな様子で新木課長は「そう。じゃ、また」と去っていった。
散々不快感を与えてきた男が去っていき、幸希は心底、ほっとした。一歩間違えば、妙な場所に連れ込まれそうになっていたかもしれないのだ。戸渡には感謝しなければいけない。
「あ、ありがとう。戸渡くん」
ほっとしたあまり、脚が震えた。
それには気付いただろうに、戸渡は特に手を伸べたりしなかった。そのくらいには女性の扱いに慣れているようだ。
ただ、不安であった幸希を安心させてくれるように、笑みを浮かべてくれた。
「いえ。気が進まない様子だったので。良い関係ではないようだったので割り込ませてもらいました」
「ううん。本当に助かった」
はぁ、とためいきが出た。
そして思いつく。
「助けてもらっちゃったね。お礼をしないと」
幸希の言葉には、今度は声に出して、くすっと戸渡は笑った。
「鳴瀬先輩からも、ワンコインですか」
幸希もつられて、くす、と笑ってしまった。自分の言いだしたことを、そのまま返されたので。
「うん。じゃ、ワンコインで一杯どう?」
「いいですね。嫌なことがあったんです。美味しいものでも飲んで、忘れましょう」
新木課長などではなく、それなりに気心知れている戸渡相手であれば、なにも心配することなどなかった。幸希は飲みに行くことを提案し、戸渡も嬉しそうに答えてくれた。
これなら家で適当な食事を作って食べるほうが、百倍美味しく感じると思った。
それどころかテーブルの下で新木課長の手が伸びてきて、幸希の脚に触れる。
幸希の背中に鳥肌が立った。吐きそうになるのを必死でこらえる。
そんなひどいディナーもなんとか終わり、当たり前のように新木課長は「もう一軒行こうか」などと言ってきた。どこへ連れていかれるかなど定かではないが、脚に触れられた以上のことがあるに決まっている。
もう逃げだしたい。
泣きたい気持ちでいっぱいになった幸希であったが。
「幸希さん! ……あれ? その方は?」
そこへ救いの手が差し伸べられた。
繁華街の一角。駅の方角からやってきた男性。そこにいたのは、戸渡であったのだ。
おまけに普段の『鳴瀬先輩』ではなく、『幸希さん』と呼んできた。動揺していた幸希はそれに気付かなかったが。
「あ、……会社の、上司です」
はっとして、やっと言った。
それだけで戸渡は事情をはっきりと察してくれたのだろう。
「そうなんですね」
「誰かね、きみは」
新木課長は不快感全開といった顔と声で言う。せっかく若い女の子をどこぞに連れていけそうになっていたところに、若い男に割り込まれたも同然なのだ。
「幸希さんとお付き合いさせていただいている、戸渡といいます」
戸渡の言ったことに仰天したのは、新木課長だけではなかった。むしろ幸希のほうが驚いてしまったかもしれない、爆弾発言。
「は? 鳴瀬さんはカレシはいないと……」
動揺した声で新木課長が言ったことで、幸希は事情を理解した。
戸渡は、幸希が『望まない相手と付き合わされている』と見てとって、助けてくれようとしてくれているのだ。
「あの、……別の会社の方なので、社内では黙っていて……」
しどろもどろになりつつも、幸希もそれに乗る。
そして戸渡が「虎視不動産の戸渡です」と告げると、今度こそ新木課長は黙った。同業として、無碍にもできないのだ。
おまけに戸渡の会社、虎視不動産は近年、大きく成長しつつあった。幸希と同年代なのはわかっただろうから、それなりの立場があるか、もしくは期待されているとわかったのだろう。
そんな会社の相手が彼氏だと名乗ったのだ。コトがこじれれば面倒なことになる。
「チッ」と舌打ちでもしたげな様子で新木課長は「そう。じゃ、また」と去っていった。
散々不快感を与えてきた男が去っていき、幸希は心底、ほっとした。一歩間違えば、妙な場所に連れ込まれそうになっていたかもしれないのだ。戸渡には感謝しなければいけない。
「あ、ありがとう。戸渡くん」
ほっとしたあまり、脚が震えた。
それには気付いただろうに、戸渡は特に手を伸べたりしなかった。そのくらいには女性の扱いに慣れているようだ。
ただ、不安であった幸希を安心させてくれるように、笑みを浮かべてくれた。
「いえ。気が進まない様子だったので。良い関係ではないようだったので割り込ませてもらいました」
「ううん。本当に助かった」
はぁ、とためいきが出た。
そして思いつく。
「助けてもらっちゃったね。お礼をしないと」
幸希の言葉には、今度は声に出して、くすっと戸渡は笑った。
「鳴瀬先輩からも、ワンコインですか」
幸希もつられて、くす、と笑ってしまった。自分の言いだしたことを、そのまま返されたので。
「うん。じゃ、ワンコインで一杯どう?」
「いいですね。嫌なことがあったんです。美味しいものでも飲んで、忘れましょう」
新木課長などではなく、それなりに気心知れている戸渡相手であれば、なにも心配することなどなかった。幸希は飲みに行くことを提案し、戸渡も嬉しそうに答えてくれた。