夜が川を越え、
 危なげな花が道をしるすころ
 じごくへの道はひらく

 その夜開くのだ。

 昔、昔、
 音の魔女、銀のしるべ師、みつまめ王、シリベルマが
 赤い朝顔から生まれたころ。
 
 そう、どうやらそんなにも昔のことだ。


 はるか怪業王国の、小さな浜辺の、忘れられたハンモックの上で、
 一人の赤ちゃんが生まれた。

 ハンモックゆらゆら風に揺れ、お母さんは、どこかへいった。
 残ったおばあちゃんとおじいちゃんが、その赤ちゃんと暮らした。
 
 太陽と月をはらみ、人よりずっとゆっくり、その赤ちゃんは育った。

 銀河が重たい貿易風を含み動き始める六月になると、赤ちゃんは、急激に成長した。
 
 ふわふわと、干した布が、日向のにおいを放ちながら、床に踊る。
 太陽の光はきらきら床に散らばり、その向こうに永遠の凪が見える。
 
 生まれる前から輝く太陽は、記憶の呼び声。

 赤ん坊は生まれたときから、手を握ったままだった。
 20歳になるころ、人の目にようやく子供になった。
 おじいさんとおばあさんは、のんびりした人で、
 赤ん坊とすごすようになってから、もっとのんびりしていた。
 年を取るのすら忘れるようになっていた。

 昔は家族の誰かに誕生日が来るたびにおばあさんが声をかけて、
 年を取るための儀式を家族総出で行って加齢を迎えていたが
 このころにはおばあさんもしょっちゅうそれを忘れるようになっていた。

 そののんびりしたおばあさんも蜂に心をつかれたように(怪業王国では
 魔が差す、という意味だ)子供をおどかしたくなった。
 八月のでろでろ腐った夜の空気が、おばあさんをそうさせた。

 おどろかされた赤ちゃんはしゃっくりをして、ハンモックから転がり落ちた。