美言さんからの依頼を受け、先日の話だけでは納得いかなかった事を徹底的に訊こうと思って、許可を得た上で俺は紙の守出版の編集部に居た。
応接間の椅子に座り、お茶とお茶菓子を頂く。
美言さんがちょっと書類を整理するために席を外している訳なのだが、静かなはずの応接間にはよく解らない声が響いていた。
 俺が何か独り言を言っている訳でも、霊障という訳でも無い。ただ単に隣の部屋から声が聞こえてきていると言うだけの事だ。
「お前何言ってんの?
なに? なんでそんな俺様なの?
そんなにヤキモチ焼かれたってこっちに有能な人材が居るんです邪魔しないで下さ~い。
お前のとーちゃんで~べそ~。
ピッピロピ~」
 どうやら電話で口げんかしているようなのだが、内容が小学生レベルすぎる。
隣の部屋に居るって事はこの低レベルな悪口を言っている人も神様な訳で、やっぱり八百万の神だなと妙に安心する。
 暫く隣の部屋の声を聞いていたら、美言さんがやってきた。
「お待たせしました。
今日は詳しいお話が聞きたいという事でしたよね」
「そうなんですけど、その前に隣でなんか口げんかしてる人が気になるんですけど」
「それも含めてお話ししましょう」
 悠希さんが小説家デビューする事を、背後に立っている西洋系の霊が阻んでいるので何とかして欲しいと言う話は前回聞いたのだが、何故その邪魔をする霊を西洋系の神様達が擁護しているのかと言う事についての話を聞く事になった。
 事の発端は、出版社潰しをしているあの霊を、西洋の神様陣に何とかして貰おうと美言さんの上司が電突を掛けた所から始まったらしい。
西洋の神様は非常にプライドが高く、自分達の縄張りの中から次の世界を作れる人物を出したいと思っていたそうだ。
けれども現在、悠希さん程能力の高い人材が西洋に居ない。
その事実に逆ギレした西洋の神様が、悠希さんの邪魔をしているというのだ。
 その事実を知った美言さんの上司を含む八百万の神々が、西洋の神や天使に戦争をしかけたという。
戦争、と聞いて一瞬血の気が引いたが、何のことは無い、お互いの縄張りの中間地点である中国大陸辺りで、盛大なパイ投げ大会をしたのだそう。
人間の目にはパイも、パイのクリームも見えない訳なのだが、心霊的な物に敏感な中国国民が霊的クリームに足を滑らせるという事案が多発し、それを見て激怒した中国の仙人や神様が、わざわざエジプトから猫神様を連れてきて日本と西洋の神様達を鎮めさせた。
猫神様には八百万の神様だけで無く西洋の神様や天使も甘いので、猫神様の一言で戦争という名のパイ投げは終了したらしい。
勿論その後、中国の仙人や神様達にずらっと囲まれて説教されたらしいが。
「すいません、どこからツッコめばいいでしょかね?」
「平和的に事が済んだと言う事で、ご理解いただければと思います」
 あまりにも酷い内容だったので思わず一旦話を切ってしまったが、美言さんはもう少し話を続けた。
 パイ投げ大会の後、双方共に自分の縄張りに帰りはした物の、次世代の世界創造についての確執はまだ残っており、結局悠希さんの件については何の進展も無かったのだという。
「あの、失礼ですが、隣の部屋で小学生レベルの口げんかを電話でしてるのって、上司の方ですか?」
「誠に遺憾ながら、私の上司の語主様です。
天使長の方と電話をして居るみたいですね」
 結構突っかかってくるような電話が掛かってくるんですよ。業務に支障が出るんですけどね~。なんて美言さんは言っているけれど、この話をカナメにしたら、なんか法律的に片付けられそうだななんて、少し思ったのだった。

 その後暫く、八百万の神様や次世代世界の創造についての話をしていたのだが、少し話の間が開いた所で気になっていた事を美言さんに訊ねた。
「あの、前に、左手の中指に光の輪が填まっているのは、世界創造の力に長けている人物だとおっしゃっていましたよね?」
「はい。その通りです」
「あの、俺の友人でもう一人、左手の中指に光の輪が填まっている奴が居るんですよ」
 戸惑いながら俺がそう言うと、美言さんは笑顔を浮かべてこう答える。
「存じております。
柏原カナメさんでしょう?」
 やっぱり知っていた。八百万の神は、カナメの事をやっぱり利用するつもりで……
少しだけ苛立ちを感じながらも何も言えないで居ると、美言さんがそれを察したかのように言葉を続けた。
「新橋悠希さん、柏原カナメさん、この両名は現時点で次世代の世界を作るのに欠かせない人物です。
けれども、世界創造は自主的にやっていただかないと上手くいかない物です。
利用している、と言えばそうかもしれませんが、私達はあの二人の作り出す物を守るのが主な目的です」
「無理矢理小説を書かせる気は無い。と?」
「その通りです」
 無理矢理やらせる気が無いのなら、別に良いような気がする。
カナメは勿論、悠希さんだって何かを作る事が好きだ。それを守りたいと言っている神様達を責める必要は無い。
「我々の立てているプランとしては、悠希さんに小説家デビューしていただいて、悠希さんの作品でカナメさんに二次創作していただきたいのですが、そうならなくても仕方ないでしょう。
あの二人の心赴くままに、物語を綴って貰いたいのです」
「なるほど」
 悠希さんの補佐としてカナメを充てたいのか。
まぁ、カナメ自体最近は二次創作が楽しいみたいだし、上手く歯車がかみ合えば。と言う程度の認識か。
 何はともあれ、今回の依頼は除霊と言うよりも、悠希さんに憑いている霊の説得と言う事になりそうだ。
でも、前に怒らせてしまった事もあるし、上手く説得出来るかな……

 神の守出版から帰ってきた俺は、早速西洋系の宗教について調べ始めた。
多神教的な物も有ったみたいだけど、悠希さんの後ろに憑いている彼は、服装から鑑みるに、おそらく一神教の信徒だろう。
 その宗派についての事は、俺は殆ど知らない。
退魔師やってるんだったらそれくらい知っておけと言われそうだが、俺の実家お寺だからな?
八百万の神様はともかく、西洋の神様の文献に触れる機会など全くと言って良い程無かったのだ。
「う~……
あの霊と円滑に話を進めるのに法具とか欲しいけど、有っても上手く使えるかな……」
 ざっくりとネットで資料を読んだ後、チャペルショップのネット通販ページを見てる。
ロザリオなんかが有れば、何となくあの霊と共通話題を持って和やかに話が出来る気がしたのだ。
しかし、ネットショップで買うとなると、俺と相性の良いロザリオが来るとは限らない。
誰か作れる奴が居てくれればな。そう思いながら取りあえずチャペルショップのページを閉じた。

 それから暫く経って、俺はカナメと会う機会があった。
カナメは最近美夏さんと婚約したらしく、左手の薬指には指輪が填まっている。
「よう、婚約おめでとう。
その指輪何処で買ったんだ?」
「婚約指輪?
これね、悠希さんから石を譲って貰って、美夏とお揃いのをシルバーワイヤーで作ったんだ」
 そう嬉しそうに笑って指輪を見せるカナメ。
それを見て胸にちくりと棘が刺さる。
 ふと、胸の前で手を重ねているカナメを見て気になる物が目に入った。
カナメはロングネックレスを付けているのだが、その先端に十字架が付いている。
小さめのビーズを十個区切りで繋げ、その間に大きめのビーズが挟まれているそのネックレスは、見覚えの有る形だった。
「カナメ、そのロザリオ何処で買ったんだ?
それとも作ったのか?」
 俺の問いにカナメは少し驚いた顔をして答える。
「え?
勤はこれがロザリオだって、見て解ったの?
これは悠希さんの妹さんが作ってる奴を買ったんだ」
 割と手の届く範囲でロザリオを作れる人物が居た。
俺はカナメから悠希さんの妹について、詳しく話を聞く事にした。
 カナメから悠希さんの妹の話を聞いて暫く経った頃、俺は悠希さん同伴で、悠希さんの妹と会う事になった。
 駅の階段を降りると、そこにはロリータファッションに身を包む女の子と、見覚えの有る袴姿の男性と二足歩行で歩く犬が居た。
「どうも悠希さん久しぶり。
この子が妹さん?」
「うん、匠って言うんだ。よろしくね」
「初めまして寺原さん。
いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
 匠ちゃんはそう言っているけれど、実はそんなにお世話する程悠希さんには会っていない。
でも、わざわざそんな事を言う必要は無いだろう。
 今回は匠ちゃんにロザリオの制作依頼と言う事なので、早速駅の下のレストランへと向かう。
席に着き、飲み物と軽食を注文する。
「所で、今回はどんな感じのロザリオの制作依頼ですか?」
 匠ちゃんの言葉に、俺はこう返す。
「実は、お守りとして欲しいんだけれど、そんな感じでなんか力の籠もった物って……って言うのは難しいかな?」
「う、うーん。
私が作るのは、あくまでもアクセサリーとしてだからなぁ」
「ですよねー」
 そんな話をしながら悠希さんの背後を見ると、後ろに憑いている霊もなにやら興味を持った様子。
チラチラと匠ちゃんと俺を見比べた後悠希さんに抱きつき、お前も昔は作ってたのになぁ。なんて言っている。
悠希さんもアクセサリーを作ると言っていたからその事なんだろうけれど、ロザリオは見るからに神経を使いそうな作りなので、悠希さんが作るには負担が大きいのだろう。
 俺と匠ちゃんがどうやったらお守りとして相性の良いロザリオを作れるかという話をしていたら、コーヒーを飲んでいた鎌谷君がこう言った。
「匠ちゃん、あれじゃね?
お守りっつったらステラちゃんのお店で売ってるパワーストーン見立てて貰えば良いんじゃ無いか?」
「あ、そうか」
 はっとした様子の匠ちゃんに、悠希さんが更にこう言う。
「あと、ロザリオって言うのは形そのものにも力があるんだよ。
そこにステラさんの力を借りたらもっと心強くなると思うよ」
 なんか三人の間だけで通じる話題がある様子。
ステラちゃんってのが誰なのかは解らないけれど、聞いた感じパワーストーンで作ったらどうかという話のようだ。
ううむ、仏教の数珠なんかは、石よりも木や珊瑚みたいな生き物を使う方が好ましいってされてるんだけど、ロザリオは違うのかな。
何はともあれ、俺達はもう一度電車に乗ってステラちゃんという子がバイトをしているパワーストーン屋に行く事になった。

 それから数十分後。俺は見覚えの有るパワーストーン屋に居た。
あの、五万円超えのスギライトを買った店だ。
「あ、匠。いらっしゃい。
悠希さんもおひさしぶり」
 そこで店番をしていたのは、前に来た時と同じ、両肩に宝石ガエルの乗せている女の子だった。
和やかに店員さんと話をしている匠ちゃんを見ていて、ああ、この店員さんがステラちゃんかと察する。
「お守り用の石?」
「そうなの。お兄ちゃんのお友達がお守りになるロザリオ欲しいって言ってて、その依頼。
ステラに頼めば良い石選んで貰えるかなって」
「いや、石に関しては悠希さんの方が……
あ、OK、そう言う事ね」
 匠ちゃんと暫くやりとりをしたステラちゃんが、俺にカウンター席を勧めてきた。
「お守りと言う事ですけれど、どの系統の色が良いですか?」
「色ですか?う~ん、それも余り固まっては居なくて、とにかく俺と相性の良い石って言うのが最優先ですね」
「わかりました、ではこちらでいくらかお見立てしますね」
 そう言ったステラちゃんは、ちらっちらっと両肩に乗ったカエル二匹に視線を送る。
もしかして、カエルが憑いている自覚があるのか?
まぁ、自覚の有る無しは置いておくにして、視線を送られたカエル二匹は石の入った棚の上をぬめぬめと移動し、各々ステラちゃんにこれだこれだと声を掛ける。
カエルのお勧め通りの石を、ステラちゃんが何種類かタオルの上に並べて訊ねてきた。
「この辺りがお勧めなのですが、この中で気になる物は有りますか?」
「そうだなぁ、じゃあこの青緑色の奴でお願いします」
「クリソコラですね、ありがとうございます。
匠、ロザリオに使うって、何珠くらい必要なの?」
 俺が回答すると、今度は匠ちゃんに声を掛ける。
「え?五十三珠。
後これ以外に要玉が六珠必要なんだよね。
あ、寺原さん、これ以外にもう六個選んで貰って良いですか?」
「あ、はい」
 ステラちゃんがクリソコラと呼ばれた石を数えている間に、俺はもう一種類石を見て選ぶ。
どれにしよう、この紫で透き通ったのにしようかな。
そう思ってそれも六個選び、会計へ。
材料費は俺が出して、後は匠ちゃんの手間代を別途払うと言う事になっているので、レジで財布を開くのは俺だ。
 ……うう、流石に数があるだけ有って、この前のスギライト程では無いけれど、なかなかの金額が表示されている。
「ありがとうございます。
こちらがお品物です」
 そう言って石の入った紙袋を渡してくるステラちゃんは、この上なく上機嫌な顔をしていた。

 購入した石を匠ちゃんに託して数日後、ロザリオが出来上がったと言う連絡が入った。
俺と匠ちゃんの予定が合う日をお互い確認し、待ち合わせの予定を立てる。
そして連絡が入ってからまた数日後、今度は待ち合わせをしているのは匠ちゃん一人だけだ。
「どうもお待たせしました」
「いえいえ、そんなに待ってませんよ」
 そう言って駅の階段を上ってきた匠ちゃんと、早速駅の下のレストランに入る。
飲み物を注文し、早速匠ちゃんが取り出したのは注文していたロザリオ。
「こんな感じで仕上がったんですけど、リテイクしたい部分とか有りますか?」
「そうですね、まずはじっくり見てみます」
 そう言って受け取ったロザリオは、神聖で、いかにも俺とは異教であると言う空気を纏いながらも、しっとりと俺の手になじむ物に仕上がっていた。
この仕上がりなら、何も文句を言う事は無い。
「これで大丈夫です。
それで、工賃はいくら位になりますか?」
「工賃と、あと細かいパーツ代を合わせて千円ですね」
 うむ、思ったより安い。これならカナメが買ってしまうのも無理は無いだろう。
 俺は提示された金額を素直に払い、運ばれてきた飲み物を飲みながら、匠ちゃんと話をした。
そこで出てきたのはこんな話だ。
「そう言えば、寺原さんってクリスチャンなんですか?
ロザリオをお守りで欲しいって」
 まぁ、そう思うよな。どう返したら良いか悩みながら、何とか言葉を口にする。
「いやぁ、クリスチャンという訳では無いんだけど、ちょっと訳ありでロザリオが必要になって……」
「そうなんですか?」
 匠ちゃんは不思議そうな顔をして、少し疑問の混じった視線を送ってきたけれど、特に深く詮索する事は無かった。
 そういえば、と、俺も匠ちゃんにこう訊ねる。
「そう言えば、匠ちゃんはクリスチャンって訳でも無さそうだけど、何でまたロザリオを作ろうと思ったんです?」
 その問いに、匠ちゃんは気まずそうに答える。
「実は、ロリータさんが集まるアクセサリー販売のイベントがあるんですけど、そのイベントに出すのに作り始めたんですよね。
ロリータさんってこういうの好きだから」
「ああ、なるほど」
 流石宗教に緩い日本国、こんな事が許されてしまうのか。
 何はともあれ、何とか美言さんの依頼に取りかかる準備が出来てきたのだった。
 ロザリオを手に入れ、悠希さんに憑いている霊の対応をする前に少し慣れて置いた方が良いなと思った俺は、街中でさまよえる霊を無料サービスで供養していた。
ロザリオに慣れるため、と言うのが主な目的なので、クリスチャンのさまよえる霊が主なターゲットなのだが、そちらにばかり構っていると仏教系や神道系の霊が不平等がると思って、割と無作為にやっている。
無作為と言っても、ちゃんと誠心誠意込めてだ。
 少し不穏な動きをしたりするので、主な活動は人が少ない夜中なのだが、ある日の事突然こんな声が聞こえた。
「君は仏の加護だけで無くて、父たる神にも力を借りたいのかい?」
 背筋に悪寒が走る。
その声は背後から聞こえた気がするので振り向くと、そこには黒ずくめで、黒く長い髪の男とも女ともつかない人影が立っていた。
こう言う格好をした人が別段珍しい訳では無いのだが、その人影からは禍々しさを感じる。
「お前は何者だ」
 俺が両手に数珠とロザリオを握ったままそう問いかけると、人影は気味の悪い笑みを浮かべてこう答えた。
「父なる神に、地に落とされた者だよ」
 『父なる神』『地に落とされた』この二つの表現から察するに、堕天使だろう。
堕天使が何の用だ。そう思いながらも何も言わないで居たら、堕天使は勝手に話を続けていく。
「この国の神と父なる神、それに天使達の争いがあるみたいだね。
実に、実に愉快だ」
「いや、パイ投げと小学生レベルの悪口合戦しかしてないんだけどな?」
「そこが残念な点なんだ。
せめて空気圧縮型水鉄砲くらい出して欲しかった」
「お前もそこそこ平和ボケしてんね?」
 とてつもない禍々しさを纏っている割には言っている事がしょぼい。
しかし、やっている事の内容はともかく、争い毎を楽しむという姿勢は良いとは言えない。
「お前は、神々の争いに乗じて何かするつもりか?」
 すると堕天使は愉快そうにこう答える。
「勿論だとも。
争いのキーパーソンである新橋悠希。
あいつが物語を紡ぐ事が出来ないようにしてやる」
 まさか、不幸を呼ぶつもりか?
そう思いロザリオを強く握り住めると、堕天使はこう続けた。
「新橋悠希に若く、働き者で、可愛い伴侶を付けてやろう。
私生活に没頭しすぎて小説を書く間を無くさせてやる」
「妨害の仕方がターゲットを幸せにする事って辺り、お前まだ堕ちきれてないよな」
「なんだと? ここで新橋悠希を不幸にしたら、父なる神とその部下達が喜ぶでは無いか!」
「あーもう、ほんと皆さん斜め上ですね」
 なんか、美言さんも悠希さんが小説を書くのは自主性に任せるって言ってたし、この堕天使の事は放って置いても良いような気がしてきた。
 警戒するのもバカらしくなり、肩から力を抜いて堕天使と向かい合っている訳だが、突然こんな事を言い出した。
「そうそう、天使達を不利にする良い情報をお前に教えてやろう」
「天使達は蕎麦アレルギーとか、そう言う類いの情報だったらいらないよ?」
「お前、私を馬鹿にしているのか!」
 半分くらいは。
そう思ったが迂闊にそんな事を言って下手な霊障を俺に出されても困るので、堕天使の話を素直に聞く。
「新橋悠希に憑いているあの霊は、生前に神の禁忌を冒したのだ」
「神の禁忌?」
 一体何だろう、神の禁忌と言われる物はなんだかいっぱい有るようで、どれに該当しているのかが解らない。
急に真面目な話になり、思わず真剣になる。
「冒した禁忌は二つ。
その内の一つは、お前も冒した事の有る物だ」
「え? どういう事だよ!」
 俺が神の禁忌を冒した?
そんな話は神様で有る美言さんからも聞かされていない。
戸惑う俺に、堕天使はニヤニヤしながら言う。
「ふふふ……精々悩むがいい。
それでは私はこれで消える事とするが、お前の元にはまた現れる事もあるだろう」
 もう現れないでくれ。
自分が神の禁忌を冒したと言われ、いくら堕天使の言葉でも恐怖を覚えずには居られなかった。

 その日から数日、俺は本屋で聖書を購入し、神の禁忌について調べていた。
やはり、事前にインターネットで調べたのと同じように、禁忌と言われている物は数多く有る。
もう本当に自分がどんな悪い事をしたのかがわからなくなり、藁にも縋る思いで俺はアポを取って紙の守出版へと向かった。

「神の禁忌ですか?」
 応接間でお茶を出してくれている美言さんに訊ねると、困ったような顔をしている。
「なんか堕天使に、俺が神の禁忌を冒していると言われたんですが、心当たりが全くなくて、すごい不安になっちゃって……」
 思わず俯いている俺に、美言さんはこう答える。
「堕天使が言っていた。と言う事は、西洋系の禁忌ですよね?
向こうは色々な禁忌があるみたいですけれど、我々八百万の神としては『無駄な殺生』と『反魂』以外にこれと言った禁忌は無いです。
仏の皆さんも基本的にそんな感じですし、仏に属する寺原さんが気にする事は無いのではないでしょうか?」
「そうでしょうか……」
「もし仮に、西洋の神や天使達があなたを罰しようとするのなら、仏も含めて全面抗戦しますよ」
「また中国でパイ投げですか?」
「そうなりますね」
「仙人の皆さんが不憫なのでやめたげてください……」
 取りあえず、仙人の皆さんにご迷惑をおかけしてしまう可能性は出てきたけれども、八百万の神様と仏様的には問題となる行動をしていないようなのでひとまず安心する。
 ふと、美言さんがこう訊ねてきた。
「ところで、例の件は何とかなりそうですか?」
 ああ、悠希さんの件か。
「そうですね、悠希さんに憑いている霊と距離を縮めようと思ってロザリオなんかを作って貰ったりしましたよ」
 それを聞いて、美言さんはきょとんとしている。
何かと思ったら、ロザリオの名前は聞いた事があるのだが、実物を見た事が無いのだという。
折角なので最近ずっと持ち歩いているロザリオを見せたら、美言さんは良い笑顔でこんな事を言う。
「わぁ、可愛いネックレスですね!
私も欲しいです!」
「いや、ネックレスじゃ無いし法具だし、そもそもそれ敵勢力の物ですからね?」
「それはそれ!
これはこれ!」
 なんだか美言さんがロザリオを欲しがり始めてしまったので、俺は匠ちゃんが運営しているというネットショップのアドレスを教えておいたのだった。

 紙の守出版を出たのは、お昼時も暫く過ぎた時間だった。
そう言えばまだ昼食を食べていないなと思い、その辺にあった牛丼屋へと入る。
「いらっしゃいませー!」
 元気の良い店員の声に迎えられ店内に入ると、見覚えの有る顔が居た。
牛丼屋の制服に身を包んだ、あの堕天使が居たのだ。
「……お前、なにやってんの?」
 俺が怪訝そうにそう言うと、堕天使ははっとして俺に言う。
「な、何のことは無い。
人間どもを堕落させるための下積みをしているのだ」
「ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど、牛丼並とお新香、あとけんちん汁ね」
「牛丼並一丁!」
 店員が堕天使だと言う事はさておき、特に待たされる事も無く出された牛丼を食べ、ごく普通に会計をし、ごく普通にその店を後にした。
 悠希さんに憑いている霊の説得に手を出せないで居るある日の事、除霊依頼が入ってきた。
いつも通りに個室のある飲食店で部屋を借りて話をしている訳なのだが、俺は依頼人を前に縮こまっていた。
神様を相手にしても縮こまらなかった俺が何でそんな事になっているのかというと、依頼人が現在の日本国で総理大臣を務めている女性だからだ。
「今回はどの様なご用件でしょうか」
 緊張しながらそう訊ねると、彼女は厳しい視線を向けてこう言った。
「実は、私の弟に憑き物が憑いている様なのです。
それを祓っていただきたいのですが」
 弟か。その言葉を聞いて、彼女の名字を思い出し、確認を取るようにこう訊ねる。
「失礼ですが新橋総理、弟さんの名前は、悠希さんと言いませんでしょうか?」
「あら? どうして貴方がその事をご存じで?」
 彼女の名前は新橋聖史さん。やはり新橋という名字も珍しいのでもしやと思ったのだ。
悠希さんとは友人付き合いがあるんですよ。等と言う話をした後、聖史さんが本題に入った。
「なるほど、悠希がお世話になっています。
本題なのですが、実は先日、天皇陛下がご神託を受け、私の弟を守れと神に言われたそうなのです」
「ご神託ですか」
 確かに言われてみれば、天皇陛下は神の子孫と言われているし、実際の所は神事を司る祠祭だ。
 しかし、悠希さんに関する依頼は、既に紙の守出版の方々から受けている。
「西洋の悪い憑き物が憑いているので、それを祓って欲しいと言うご神託です。
寺原さんは悠希と友人との事でしたが、そう言った物は居るのでしょうか?」
 その問いに、俺は悠希さんに憑いている霊の事を思い出しながら答える。
「そうですね。どちらかというと守護霊と言った様子の西洋系の霊は憑いています。
けれど、どうやらその霊は悠希さんを独占したいらしく、小説家になって有名になる事を阻んだり、あとは実害の無い事なのですが、他の人と中が良さそうにしていると抱きついたりしていますね」
 俺の言葉を、聖史さんは頷きながら聞いていたが、突然苛立ちの混じった目で俺にこう言った。
「そうなのですか。
しかし、守護霊的とは言え悠希を独占しようとしているのは許せませんね。
是非寺原さんのお力で消し去っていただきたいのですが」
 あれ? なんか今一瞬私怨が入ったぞ?
でも、何となくその部分に触れるのは恐い気がしたので、今度は別の話題を振る。
「ところで、天皇陛下が受けたご神託というのは、悠希さんを守れと言うだけの内容ですか?
もう少し詳細に理由とか、有りませんでしょうか?」
 俺の問いに、聖史さんは難しそうな顔をして答える。
「天皇陛下が仰るには、悠希と、もう一人誰だったか。
とにかくその二人を神が保護したいと言う内容だったそうです」
「ううむ……
やっぱり余り具体的な内容では無いですね……」
 一応そう言ったが、きっと次世代世界の創造に関する事だろう。
これは後で美言さんに訊いた方が良いかな?
多分、既に任されている案件だろう。
俺は聖史さんの依頼を受けると伝えた。

 その後少し雑談をしていたのだけれど、気になっていた事があったので聖史さんに訊いてみた。
「所で総理、先日同性婚を認めるという法案が凄いスピードで可決されましたが、その法案を作った理由は何なのでしょうか?
単純に孤児の受け入れを出来る家庭を増やす事ですか?」
 その問いに、聖史さんはお茶を一口飲んでから、澄ました顔で答えた。
「実は、弟の悠希の言葉がきっかけなんですよ。
悠希の友人で、もしかしたら同性で夫婦になるかもしれないという人が居るようなので、その二人を応援している悠希に、少しでも安心して欲しかったんです」
「そ、そうなんですね」
 うわぁ、思ったよりも個人的な理由だった。
それにしても、同性で夫婦になる可能性がある友人って、多分カナメと美夏さんだよな。
そんな事を思って居ると、聖史さんは更に言葉を続けた。
「出来れば兄弟間でも結婚を認められるようにしたかったのですが、流石にそれは倫理的にも遺伝子学上にも良くないと言う事なので、ニュースになる前に廃案になったんですよね」
「いや、兄弟同士は流石に不味いでしょう……」
「兄弟間の婚姻が認められれば、私と悠希で婚姻を結ぶ事も出来るなと思ったのですが、上手くいかない物ですね」
 ちょっと何言ってるのこの人。
聖史さんはとんでもないブラコンなのだなと思いながら相づちを打っていた訳なのだが、こんな事も言っている。
「でも、その法案が通ったら通ったで妹が黙っていないと思うんですよね。
妹に悠希を取られる事を考えたら、まだ他の女性と結婚した方がマシだなと。
そうなると兄弟間の婚姻は認めなくて良かったなと思いましたよ」
 この姉妹こわい。
そう言えば悠希さんが心を病んでしまった原因をだいぶ前に聞いているのだが、匠ちゃんと聖史さんには言えないと言っていた。
何故なら、病んだ理由が匠ちゃんと聖史さんによる悠希さんの奪い合いだったからだ。
普段仲の良い妹と姉が、ちょっとしたきっかけで喧嘩を始めてしまう事に、耐えられなかったのだという。
 その話を聞いた時は、兄弟が居ると良く有る話なのでは無いかと思っていたのだが、今の聖史さんの話を聞く限り、この姉妹の悠希さん好きは度を超している。これでは病んでも仕方ない。
けれども、悠希さんの心情を考えるとその事は、今目の前に居る聖史さんには話せない。
 取りあえず雑談はその辺で終わりにし、店を出てから美言さんに会うため、紙の守出版にアポを取った。

 そして紙の守出版にて。
俺が天皇陛下にご神託があったという話をしたら、美言さんが顔を青ざめさせて他の編集者にこんな事を言った。
「ちょっと、誰が神託下したか問い合わせて置いて下さい」
 え? 美言さんはこの事を知らなかったのか?
不思議に思いながらも応接間に通され、椅子に座る。
ご神託に心当たりが無いらしい美言さんは、頭を下げながら俺にこう言った。
「本当に、二度手間をおかけしてしまって申し訳ないです。
我々は八百万と言われる程人数が居る物で、既にその案件を寺原さんに依頼したと言う事が伝わっていない神が居たみたいです」
 それから、美言さんはこう言葉を続ける。
「出来れば天皇に神託を下すのは控えるようにと言う暗黙の了解があるのですが、今回は緊急事態だと焦ってしまった神が居るようです」
「え? どうして天皇陛下には神託を下さない事になっているんですか?」
 俺の問いに、美言さんが説明するにはこう言う事だった。
 天皇一族は元々八百万の神の子孫であるので、昔は神託を下す事が有った。
けれども、時代を下るにつれ、天皇陛下は祠祭として日本国を動かすための要になる行事を一年中と言って良い程行うようになったのだと言う。
それに加えて、ここ近年は日本国が外交をする際にも重要な位置に立つようになってきたので、迂闊にご神託を下して手を煩わせるのは良くないと、気がついたら暗黙の了解が出来ていたのだと。
 なるほど、そう言う経緯があるのかと思わず頷く。
 そうしている間にも先ほど美言さんが言っていた問い合わせは完了したらしく、ご神託を下した神に、天皇陛下に謝罪の言葉を入れるようにと言っている。
 なんだかドタバタし始めたうえに、俺にも代わる代わる神様達が謝罪をしてきているのだけれど、俺としては聖史さんの話を聞く機会があって良かったから、そんなに謝らないで下さいと神様達に言ったのだった。
 ある日の事、俺はカナメの部屋に行く事になった。
単純に遊びたいから、と言うのも有るには有るのだが、それ以上に最近不安な事があると言う。
美夏さんと婚約したから、マリッジブルーとか言うそんな物かと思って居たのだけれど、違うらしい。
 カナメの部屋の前に行き、インターホンを鳴らすとカナメがドアから出てきた。
「あ、勤。いらっしゃい」
今日の格好は生成りの、シンプルなワンピースだ。うん、可愛い。
 それはそれとして部屋の中に入る。
するとそこにはうっすらと煙のような物が漂っていて、ほのかに甘い香りもする。
「なんか良い匂いがするんだけど、お香かなんか焚いてる?」
「うん。
最近お香にハマってて、偶に焚いてるんだよね」
 微笑んでそう言うカナメに促され、部屋に置いてある小さなテーブルの前に座ると、カナメがお茶の入ったボトルを持ってきた。
「余りおもてなしは出来ないけど、良いかな?」
「おう、お茶が出てくるだけでも上等上等」
 お茶をテーブルに置いて、カナメも俺の目の前に座った。
それから、少し不安そうな顔をしてこんな事を言う。
「そう言えば、勤の実家のお寺、お祓いもしてくれるんだよね?」
「え?やってるけど、なんか有ったのか?」
「えっ……と、こう言うと引かれちゃうかもしれないけど……」
 そう控えめにカナメが話し出す。
なんでも、お香を焚いている時、偶に不審な影が部屋の中に現れるのだという。
お香の煙が消えるとその影も姿を消すし、人為的な物だとは思えないらしい。
それで、もしかしたらなにか悪い物に憑かれているのでは無いかと、そう思って俺に相談したかったと。
「お化けなんて居る訳無いって思うけど、本当に何か居る気がするんだ。
……ごめん、でも、こんな話引いちゃうよね?」
 そう不安そうにするカナメに、俺は意を決して、自分の仕事の話をする。
「俺、実は退魔師の仕事をしてるんだ。
だからお前のその話で引いたりなんかしないし、むしろこんな仕事をしてる俺の方が引かれるんじゃ無いかと思ってる」
 俺も相当緊張しながらの告白だったのだが、カナメは安心したような顔をしてこう言った。
「そうなんだ。確かに言いづらい仕事だよね。
でも、そう言う仕事が必要なんだってのはわかるし」
「俺の話、信じてくれるのか?」
「勿論だよ。
だって今、勤だって僕の話を信じてくれたし、友達の事を疑うなんて出来ないよ」
 その言葉に、今度は俺が安心した。
 暫く二人で談笑していたのだけれど、そう言えばお香を焚いてる時に見える影の話だったな。
「そう言えば、どんなお香を焚いてる時に影が見えるんだ?」
「え? ちょっと待ってね」
 俺の問いに、カナメは小さな引き出しを開けてがさがさと捜し物をしている。
そして出てきたのは、緑色の三角形をしたお香。
「この、蓮の花のお香なんだけど、これを焚いてる時に見えるんだ」
「なるほど。
あのさ、恐いかもしれないけど、ちょっと焚いてみてくれね?」
「う、うん」
 カナメは小さな陶器製の香炉の中に、火を付けた蓮のお香を入れる。
 香炉から立ち上る煙を見ている事暫く、何かの気配を感じた。
それをカナメも感じ取ったのか、俺の腕にしがみついて固まっている。
 一体何者が居るのかと目を凝らしていると、薄い布で出来たローブのような物を纏った、パンチパーマの人影が。
「勤……なんか、居るよね?」
「ああ、確かに居る」
 カナメはそう言って怯えているけれど、俺はその人影に見覚えが有った。
何処でかって?実家の仏壇でだよ。
その人影がカナメの方を向いて口を開いた。
「毎回毎回そんなに怖がられたら、私悲しい」
 そうは言っても一般的な人から見たら怖い物だからね? と思いつつも口には出さない。
 怖がって何も言えないで居るカナメの頭を撫でながら、こう言い聞かせる。
「大丈夫だって、あの方は仏様だよ」
「仏様?」
 カナメが不思議そうに、改めて影の方を見る。
それでようやくカナメも、そう言えば修学旅行の時に見た事有るような気がする。と言って安心した様子だ。
 恐る恐るカナメが、仏様に問いかける。
「あの、なんで仏様が僕の部屋に居るんですか?
もしかして、悪い事をしたから地獄に落とそうとか、そういうのですか?」
 すると仏様は頭を横に振ってこう答える。
「ううん、そうじゃないの。
あのね、カナメちゃんこないだ婚約したよね?
それで、彼女さんとの仲を応援したいって言ってるのが居るから、紹介しようかなって思ったんだ」
 なんか仏様フランク。
もっと重厚な話し方をする物だと思って居たので、気軽に話しかけてくる仏様に驚きを隠せないでいるうちに、仏様が紹介したいと言っている者を呼び出した。
「ククク……我を呼んだか」
 仏様に呼び出されたその人影に、俺は思わず空のカップを投げつけてしまった。
それを見て仏様は少し驚いた顔をして俺に話しかけてきた。
「勤君、そんな邪険にしないで。
確かにこいつ堕天使だけど、悪い奴じゃ無いよ?」
 俺達のそのやりとりに、カナメは目をぐるぐるさせている。
多分、何が起こっているのかわからなくなってきているのだろう。
 そんな様子もさておいて、堕天使はコップを俺の方に投げてよこした後、カナメに視線を向けてこう言う。
「柏原カナメ。お前は同性同士で番いになるつもりなのだろう?
そうなったら父なる神と天使達はお前を取り込む事が出来なくなる。
せいぜい彼女と仲良くする事だな」
「ほら、堕天使ちゃんも応援してくれてるし、私もカナメちゃんと美夏ちゃんのこと応援してるよ。ガンバ!」
 堕天使と仏様がつるんでるって、結構シュールな映像なんですけど。
 俺が戸惑っていると、カナメもようやく状況を理解したのか、深々と頭を下げて仏様と堕天使に言葉を返す。
「ありがとうございます。
実は、結婚までの準備で不安な所がいっぱい有ったから、仏様や堕天使さんに応援して貰えてるってわかって少し勇気が出てきました」
 堕天使の応援受け取っちゃうの? 堕天使がなんなのかわかってるよな?
思わずそうツッコみたくなったが、カナメが勇気を貰えたのなら、それはそれで良いかと納得する事にした。

 その後、カナメからお香を詳しく見させてもらった所、この蓮の花のお香には霊的な物を可視化させる効果があるというのが解った。
まだお香の煙が立ち上っている中での確認だったので、仏様からのアドバイスもあったんだけど。
「カナメちゃんにこのお香買ってよ! って何度も念を送ったのに、なかなか買ってくれなかったんだよね。
でも最近ようやく買ってくれたから、こうやって顕れてエール送ろうと思ってたの」
「えっ? そうだったんですか?
気付かなくてすいませんでした」
「いやいや、カナメちゃんが謝る事無いよ。
念が通じる事自体結構稀だしさ」
 仏様と普通に会話出来るカナメすごい。
俺はと言えば、家がお寺だと言う事で、仏様においそれと声を掛ける事は出来ない。
流石に畏れ多いよ。
でも、よく考えたら俺だって八百万の神様と普通に話してたりする訳で。
神様仏様でも、これだけフランクにされたら話しやすいのかな。
もしかしたらそれを見越してフランクに話しているのかもしれない。

 そして暫く後、煙が消えた頃には、仏様も堕天使も姿を消した。
もしかしたらこのお香は何かに使えるかもしれないと、少しカナメに分けて貰ったのだった。
「お前、少し時間を借りて良いか?」
 お昼時、食事を作るのが面倒でカップ麺をズルズル啜っていた所にそれは現れた。
突然の事なので思わず鼻からラーメンを噴き出しそうになったが、何とか飲み込んで姿を確認する。
すると目の前に、悠希さんに憑いているあの霊が立っていた。
「俺は今日暇なんで構わないけど、あなたは悠希さんの事を置いておいて良いんですか?」
「いや、余り良くないんだが」
 取りあえずラーメンを食べ終わるまで待って貰い、小さなテーブルの上を片付けてその前に座って貰う。
 一体何の用があるのかと訊くと、こう返ってきた。
「実はとある者からお前が霊体を可視化する事の出来る香を持っていると聞いてな。
その話だ」
「なんでまた?」
 俺がまたそう訊ねると、彼が言うにはこう言う事らしい。
かつて自分が思いを寄せていた人物の生まれ変わりである悠希と、直接話がしたいのだそうだ。
 なるほど、思いを寄せていた人の生まれ変わりが悠希さんなのか。
それならスキンシップ過剰にもなるよな。
 しかし、何故この人は天に帰り生まれ変わる事が出来ないで居るのだろう。
更にそう問いかけると、彼は涙目になってこう答えた。
「俺は、愛する人をこの手に掛けたんだ。
それで牢獄に入れられたのだが、その当時魔女裁判が盛んで、そのどさくさで俺は魔女の疑いを掛けられ水の底に沈められた。
それ故、俺は天に帰る事は勿論、生まれ変わる事も出来ないんだ」
「魔女裁判ですか……」
 中世ヨーロッパでは、各地で魔女裁判が流行った時期があると聞いた事が有る。
彼はその時代の流れに飲まれ、今まで彷徨い続ける事になってしまったのか。
 ふと、俺はずっと訊いていない事が有った事を思い出す。
「あの、ところでお名前はなんと言うのでしょうか?」
 俺の問いに、彼は近くに転がっている水入りペットボトルをちらりと見てからこう答えた。
「俺の名前はソンメルソ。
ああ、本当に名前通りの最期だったよ」
「はぁ」
 名前通りというのはどういう事なのだろうか。
そう疑問に思ったけれど、ふと思い出したのはカナメに借りたヴェネツィアンビーズの本。
その本の中に、『ソンメルソ』と呼ばれるビーズが有ったはず。
名前の由来は何だったかな等と暫く考えて、思い出した。
『水に沈めた』
 それがソンメルソと言う言葉の意味だ。
一体どういう意図で両親がその名を付けたのかは解らないが、皮肉な話だ。
 名前を聞いた所で、今度は他の事を訊ねる。
何故愛する人を手に掛けたのかという事だ。
「その事か。
今は詳しく言えないが、俺はあいつを自分の物に出来ないと思ったんだ。
それでも、どうしても諦められなくて、少しずつ毒入れた紅茶を飲ませて殺した」
「そうなんですか」
 ソンメルソさんの話を聞いて頭に浮かんだのは、カナメのことだった。
もしかしたら、カナメにもっと友達が多くて独り占め出来る時間が少なかったら、俺もカナメの事を殺して自分だけの物にしようとしたのでは無いか。そう思った。
でも、寿命以外で死んだカナメの姿なんて見たくは無い。
だから俺はこう言った。
「ソンメルソさんは、愛する人を殺した事に、後悔は無いんですか?」
 この言葉に、ソンメルソさんは両手を握りしめて、声を震わせて答える。
「……もうずっと、身を裂かれる程の後悔をしている。
俺に毒を盛られていると知ったあいつ、どんな反応をしたと思う?」
「え?
やっぱり恨まれたりしたんじゃ無いんですか?」
 俺だったら毒を盛られたら恨むよ。そう思ってさらっと返したら、ソンメルソさんが今にも泣きそうな声で言う。
「あいつ、毒を盛って殺そうとした俺を許してくれたんだ。
『今まで気付かなくてごめんね。辛かったね』って……」
 そして、ついには泣き出してしまった。
これは、酷く後悔しているんだろう。
いっその事、殺した相手から恨まれていたのなら、ここまで後悔はしなかったのかもしれない。
 ソンメルソさんの思い人は、とても優しく、慈愛に満ちていて、そしてそれが喩えようも無い程の残酷さになっていたのだ。

 それから暫く、俺とソンメルソさんは雑談をしていた。
ソンメルソさんの思い人と悠希さんに、どんな共通点が有るのかという話等だ。
「宿主……ああ、悠希と言った方が良いか。
悠希はアクセサリーを作るのが好きだろう?
俺が好きだった奴も、アクセサリーを作るのを生業としていたんだ」
「え? もしかして、前にロザリオの発注の話をしてる時にちらっと聞いた、『お前も昔は作ってたのにな』って、悠希さんの事じゃなかったんですか?」
「ああ、悠希はピンを曲げるのが出来ないらしくてな、あの時に言った『お前』というのは、悠希の前世の事だ。
あいつの母親は何故か頻繁にロザリオを壊していて、その度に色々と注文を付けられながら作っていたぞ」
「クリスチャンがそんなほいほいロザリオ壊しちゃって良いんですかね?」
「母親に聞いた所、お祈りの時に珠を手繰るのに力を入れすぎる事が多くて、それで壊れると言っていたな」
「なるほど。
熱心にお祈りをしていたんですね」
 そんな話をしていると、ソンメルソさんがこんな事を言った。
「所で、お前はホトケと言う者に属している様だが」
「はい。お寺生まれなんで」
「この前ロザリオを作って貰っていたと言う事は、ホトケの籍から外れて我等の神の元へ来るつもりなのか?」
 この問いに思わず気まずくなる。
別段クリスチャンになるつもりは無いんだよな。
少しビクビクしながら、俺はロザリオを作って貰った経緯を話す。
「実は、ソンメルソさんとの対話のきっかけになればなと思って作って貰ったんですよ」
「俺との対話?」
 怪訝そうな顔をする彼を見て、やっぱり気安く持つなと言われるかもしれないと、気が気でない。
けれどもソンメルソさんはそうは言わなかった。
「何故俺と対話しようと思ったんだ?
もしや、悠希に良からぬ事をしようと思っているのでは無いだろうな?」
「あ、それは無いんで安心して下さい」
 俺が悠希さんに良からぬ事をするつもりも、言い寄るつもりも無いと無いと説明したら、ソンメルソさんは落ち着いた様子。
何故対話しようと思ったのかについての回答はしていない気がするが、落ち着いてくれたのならそれで良い。
 そういえば、出版社潰しの話をしないと。
そう思った矢先に、ソンメルソさんは一言、また会おう。と言って悠希さんの元へと帰ってしまった。

 それから数日後、俺はカナメとパソコンで話をしていた。
結婚資金を貯めるのに余り外出は出来ないと言うカナメの意思を尊重して、無料通話の出来るボイスチャットで話しているのだ。
たわいも無い話をする中で、ふと心に過ぎった事をカナメに訊ねた。
「あのさ、もし俺がお前の事を殺そうとして毒を盛ったりしてたら、どうする?」
 いきなりのその内容に、カナメは少し驚いた声を出したけれど、すぐにいつも通りの口調でこう返してきた。
「死ぬのは怖いけど、本当に勤が僕に毒を盛ってても怒れないし、恨めないな。
だって、ずっと友達で居てくれてるんだもん。
……それとも、本当は僕の事が嫌いなの?」
「いや、嫌いな訳無いだろ。
嫌いだったら、なぁ。色んな相談受けたりしないし」
「そっか、良かった」
 きっと画面の向こうでは笑顔を浮かべているのだろう。
カナメのこの様子を感じ取って、やっぱり殺したら一生どころか死んだ後も後悔するなと、そう思った。
 ソンメルソさんと話をしてから一ヶ月程経った頃だろうか、俺は悠希さんの部屋へお邪魔する事になった。
二人でゆっくり話をしようと言う事だったのだが、悠希さんの部屋に案内されて俺は驚いた。
悠希さんの部屋は、カナメと同じアパートの同じ階に有るのだ。
悠希さんは、そう言えば言ってなかったね。と笑っているが、あらかじめ言われていたら俺は悠希さんの部屋に入り浸ってちょくちょくカナメの所に行っていたかもしれない。
だから知らなくて良かった。
 悠希さんの部屋に入り、暫く雑談をする。
悠希さんはハーブティーが好きらしく、偶にアロマオイルを室内香として焚く事もあるらしい。
この話の流れを逃す訳には行かない。
俺は咄嗟に鞄の中から香炉と蓮の花のお香を取り出してこう言った。
「そう言えば、こう言うお香なんてどうなんだ?
カナメが結構好きらしくて分けて貰ったんだけど」
「へぇ、カナメさん、お香が好きなんだ。
ちょっと棚の上を片付けて焚いてみようか」
 そんな話をしていたら、窓辺に寝そべっていた鎌谷君が鼻に皺を寄せてこう言った。
「なに、焚くの?
じゃあ俺暫く散歩行ってくるわ。
お香とかの匂いは俺にはきつすぎるんでね」
「うん、行ってらっしゃい」
 紫の風呂敷に煙草とライターを詰め込んだ鎌谷君が玄関から出て行く。
それを確認して、俺は棚を片付けている悠希さんにさりげなく訊く。
「そう言えば、悠希さんって幽霊とかそう言うの信じるタイプ?」
「う~ん、なんかこう言うの恥ずかしいんだけど、割と本気で居ると思ってるんだよね。
昔から匠が何も無い所に話しかけたりしている所を見てたりしてて、そこにお化けとかが居るのかなって思ってたんだ」
「そうなんだ」
 そう話をしている内に棚の上が片付いたらしく、悠希さんがワクワクした顔で香炉を覗き込んでいる。
「可愛い香炉だね。これにお香入れるのかぁ」
 いかにも楽しみと言った悠希さん。その気持ちに水を差すようで悪いのだけれど、お香に火を付ける前に確認しないといけない事がある。
「悠希さん、お化けって言うか、霊って怖い?」
「え? そうだなぁ、なんか怖い感じの見た目のは怖いけど、普通の人と代わらない見た目の霊だったら、怖くない……かも。
何でいきなりそんな事訊くの?」
 悠希さんの問いに俺は答える。
悠希さんには前世で繋がりの有った霊が憑いていて、その霊が悠希さんと話をしたいと言っているという事、それと、このお香は霊を可視化する効果があると言う事を話した。
 これを聞いて悠希さんは少し不安そうな顔をしたけれど、お香を焚いて欲しいと言う。
俺はライターを借りてお香に火を付け、香炉に入れる。
 香炉の中からゆらゆらと立ち上る煙。
その煙が部屋に満ちると、人影が現れた。
「えっ……この人が僕に憑いてるって言う人?」
 現れたのはソンメルソさん。
悠希の隣に座り、ぽつりぽつりと話をし始めた。
前に俺が聞いた話も混ざっている。
そんな中で、ソンメルソさんが悠希に訊ねた。
「悠希、お前は俺の事が怖くないか?」
 その問いに、悠希さんは微笑んで答える。
「怖くないですよ。
でも、前世で僕とどんな関係だったのか知りたいです」
 悠希さんの言葉に、ソンメルソさんの瞳がゆらりと揺れる。
「俺と悠希の前世は、友人だったんだ。
けれども、俺はお前の前世を殺してしまった」
 それを聞いて悠希さんは、驚く様子も無く、殺す程憎い相手の生まれ変わりに憑いているなんて、何でですか? と訊き返している。
それに対してソンメルソさんはこう答えた。
その友人が愛おしくて、他の人に取られるのが嫌だった。取られるくらいなら殺して自分の物にしようと思ったと、そう語る。
「政略結婚かなにかで、離ればなれにされそうだったんですか?」
 悠希の少し悲しげな瞳を見つめたまま、ソンメルソさんは一旦口を結んでから、重々しくこう答えた。
「そうじゃない。
俺が殺してでも自分の物にしたかった友人は、男だったんだ」
 その言葉で、部屋に沈黙が降りた。
俺は勿論、悠希さんも身に覚えがあるし、ソンメルソさんはこれを口にした事で悠希に嫌われるのでは無いかと思っているのだろう。
暫く誰も何も言えないままでいる中、まず口を開いたのは悠希さんだった。
「辛かったでしょう。
ソンメルソさんはクリスチャンだから、同性愛は神様に認められていないし、ずっと一人で悩んでたんですね」
 悠希さんの言葉に、ソンメルソさんは瞳を潤ませる。そんな彼の手を取って、悠希さんは優しく撫でる。
瞳に溜まった涙をぼろぼろと零しながら、ソンメルソさんは悠希さんの手を握る。
 そんな二人を見ていて、俺はあの堕天使の言葉を思い出していた。
神の禁忌についてだ。
ソンメルソさんが冒した神の禁忌は二つ。
一つは殺人。
そしてもう一つは同性愛。
 なるほど、俺も殺人こそしては居ない物の、高校の時からずっとカナメに心を惹かれていた。
ソンメルソさんの信じる神が禁じた同性愛を、俺は冒してしまっていたのだ。
 本当はここでソンメルソさんに出版社潰しをするのをやめて欲しいという事を言わなくてはいけないのだろうが、そう言う雰囲気では無く口を出せない。
 ふと、悠希さんがこう言った。
「ねぇ、ソンメルソさん。
僕、来世でまたソンメルソさんの友達になりたいな。
だから、ソンメルソさんも生まれ変われるように天に帰ってよ」
 その言葉にソンメルソさんは泣きながら答える。
「お、俺は、魔女裁判で処刑されたから、天には帰れない。
神にも見放されて、だから、どうしたら良いかわからなくて……」
 その姿を見て、西洋の神様も心が狭いなとついつい思ってしまった訳だが、くゆる煙を乱してもう一つ、見覚えの有る人影が現れた。
「もしもし? 私の出番です?」
「うわー! どちら様ですか?」
 突然掛けられた声に悠希さんが驚いているので、俺が簡単に説明する。
「この方は仏様だよ。
もしかしたらソンメルソさんを助けようと思っていらしてくれたのかもしれない」
「ほ、仏様……ですか?」
 悠希さんが戸惑っていると、仏様は前に会った時と変わらないテンションで話をする。
「うん、そう。仏ですよ。
なんかねぇ、ソンメルソ君みてたら段々可哀想になって来ちゃって。
仏的にも無用な殺生は禁忌なんだけど、ソンメルソ君の場合は事情が事情でしょ?
あっちの神さんも、もっちょい心が広ければこんな悲劇は起きなかったのかなって思って。
まぁ、向こうは向こうで結構厳しい戒律作らないとやってけなかったってのが有るから、それも仕方ないんだけどね」
 気軽に話し続ける仏様に、ソンメルソさんが縋るような視線を向ける。
「俺の事を、救ってくれるんですか?」
 その言葉に、仏様は顎に手を当てて首を傾げる。
「うん、私はそのつもり。
でもねぇ、ソンメルソ君、神から見放されてる割には天使達の監視がすっごいのよ。
その監視を振りほどかないと、ちょっとどうしようも無いのよね」
 それから、俺の方を向いてこう言った。
「勤君。最近天使さん達のお勉強もしてたよね?
ちょっと例の子と協力して何とかしてくれない?」
「え? 例の子と言いますと?」
「あの堕天使ちゃん」
「えー……」
 まぁ、あの堕天使、根は良い奴っぽいから協力しても良いけど……
 こうして、仏様が例の堕天使を呼び出して、ソンメルソさんに掛けられている呪縛を、共に解く作業を始めた。
 仏様に呼び出された堕天使は、薄笑いを浮かべながらソンメルソさんに術を掛ける。
「これで天使がかけている呪縛の糸が見えるはずだ。
さぁ、寺原勤。この呪縛を解くがいい」
 そう言って堕天使がソンメルソさんに向けていた手を天に向けると、ソンメルソさんに絡みついている何本もの光の紐が見えた。
手で直接触ろうとすると、電気のような物が伝わってきて触っていられない。
これはロザリオを使って処理するしか無いな。
 ロザリオを握り、光の紐が切れる様を強くイメージする。
すると、少しずつでは有るが、ぷつりぷつりと紐が切れて解けていく。
半分くらい解けた辺りだろうか、堕天使が呆れたようにこう言った。
「ロザリオなどと言うまどろっこしい物を使うとはな。
光の呪縛をたやすく断ち切れる漆黒の鋏を貸してやろうか?」
「そう言う便利グッズが有るんだったらもっと早く出してくんない?」
 堕天使から早速なんちゃらの鋏を借り、サクサクと光の紐を切っていく。
 光の紐を全部断ち切り、ようやくソンメルソさんが解放される。
ああ、これで仏様の救いを受けられるのだな。
 しかし、そう安心したのもつかの間。部屋の周りから大きな霊圧を掛けられ始めたのだ。
「な、なんなんだこれ」
「勤さん、一体何が起こってるんですか?
なんか……息苦しい……」
 そう言ってうずくまり、咳き込む悠希さん。
これは、霊圧に負けたな。
確かにこの霊圧は、一般人には耐えがたい物だろう。早く何とかしなくては。
 そう思った瞬間、頭の後ろに何かがべしゃりとぶつかってきた。
 一体何事…… と不思議に思いながら後頭部をさすると、手にクリームが付いてきた。
勿論、実体のあるクリームでは無い。霊的なクリームだ。
かつて紙の守出版で聞かされた、八百万の神と西洋の神の戦争の話が頭を過ぎっていく。
「わぁぁ、食べ物を粗末にしちゃダメよ!」
 なんか仏様の頭にも三個程パイがぶつかっている。
これは、ソンメルソさんを解放した事に怒った天使達が、戦争という名のパイ投げをしかけてきたな?
「おい、堕天使!」
「何かな?」
「空気圧縮型水鉄砲を出せるか?
霊的な奴」
「勿論だとも。
ふふふ…… お前も天使達と全面抗戦するつもりだな?」
「俺は売られた喧嘩は買う主義なんでね。
相手が喩え天使だろうとなぁぁ!」
 俺は堕天使に渡された水鉄砲の内圧を一気に上げ、姿を見せた天使の顔に一発お見舞いする。
堕天使曰く、俺の霊力が尽きない限り水鉄砲の中身は自動的に補填され続けるらしいので、発射する時のロスは内圧を高める時間くらいの物だ。
 かくして、パイ対水鉄砲の、よく考えたら不毛極まりない争いが始まったのだった。

 で、最終的にどうなったかというと。
「……申し訳ありませんでした……」
 俺の持っている水鉄砲で、溺れる程顔面に水を叩き付けられた天使長が息も絶え絶えに転がっていた。
他の天使達も皆ずぶ濡れで、疲労の色を隠せていない。
 え? 俺? クリームまみれだけど何か?
堕天使も仏様もクリームまみれな訳なのだが、クリームを落とす事すらせずに、仏様がぷんすかしている。
「もうっ、食べ物を粗末にしちゃダメよっ!」
「本当に申し訳ない……」
 そんな感じで、転がっている天使長以下天使達が仏様にお説教をされている。
食べ物を大切にしなさいと言う内容の事を長々と話していたのだが、仏様がそれに続いてこう天使達に言った。
「それでね、ソンメルソ君はうちの籍に入って貰うから。
そっちではもう破門扱いだったんでしょ?
構わないよね?」
「し、しかし、禁忌を冒した人間を救うなどというのは……」
「だからね、そっちで禁忌になってる事でも、こっちでは禁忌じゃ無かったりするの。
そっちとしても地獄に落とす人数が多いと業績に悪影響出ちゃうでしょ?」
「はぁ…… まぁ」
「だったら、そっちで地獄に落とす予定だった子をこっちに回してくれれば業績も落ちないし、この子もこっちで救われる。
悪い取引じゃ無いでしょ?」
 仏様の言葉に、天使達は完全に納得した訳ではなさそうだったが、これ以上水鉄砲を撃たれるのが嫌なのか、すごすごと帰って行った。

 天使達が帰った事で悠希さんの体調も元に戻った様子で、お香をもう一個焚き、改めてソンメルソさんの今後について話をしていた。
 ふと、悠希さんがおどおどした様子で俺に訊ねてくる。
「あの、勤さん、ちょっと良い?」
「ん? なに?」
「なんか皆クリームまみれなんだけど、僕が倒れてる間に何が有ったの?」
「あー……
ちょっと、ソンメルソさんを解放した事に怒った天使達とパイ投げを少々……
まぁ、霊的なクリームだから、放っておけばその内消えるよ」
「そうなの?」
 パイ投げの話はそこそこにして。今はソンメルソさんが本当に仏様の籍に入るかどうかの話だ。
「やっぱり、東洋の異教ってなると抵抗有るかな?」
「で、でも、ホトケ様は俺の事を救おうとしてパイ投げにまで参加してくれた訳だし……」
 そうは言ってもソンメルソさんは戸惑いを隠せない様子。
そこにつけ込むように、堕天使がこう言った。
「ならば地獄へ来るかい?
地獄は良い所だよ。
完全週休二日制、定時退社厳守、初任給は手取りで二十三万、食堂ではランチの割引チケットも配っている。完璧な場所では無いかね?」
「うわー、地獄って想像以上にホワイト企業だった」
 そんな堕天使の誘惑にも、ソンメルソさんは首を振る。
いや、むしろ堕天使の話を聞いて、俺が地獄に就職したいとか一瞬思ったよ。
 ソンメルソさんは暫く悩む様子を見せた後、仏様にこう訊ねた。
「俺のした事は、ホトケ様から見たら禁忌にならないのですか?」
 その言葉に、仏様はにこにこしながら答える。
「正直言うと、無益な殺生は禁忌になるの。でも、ソンメルソ君の場合は仕方ないかなって事でそこは大目に見てあげる。
あと、同性愛について何だけど、そっちは何の問題も無いの。
結構お坊さんとかだと男の人同士でなんちゃらとかしてるのが、昔は普通だったしね」
「ホトケ様、今後ともよろしくお願いします」
「ソンメルソさん、不純な動機で仏籍に入られちゃう仏様の気持ちも考えてな?」
 仏様の言葉に、すんなり仏籍に入る事を決めてしまったソンメルソさんに思わずツッコむ。
すると、仏様はこんな事を言う。
「いいのいいの。宗教なんて、元々は何らかの欲が集まって出来た物なんだから。
誰だって救われたいし、その為には自分に合った宗教に入るのも悪くは無いよね。
信徒だって適材適所ってこと」
 う、ううむ、仏様にこう言われてしまっては、仏教徒である俺は何も言えない。
 地獄行きを拒まれてしまった堕天使はつまらなそうにしているが、悠希さんは笑顔で、ソンメルソさんにこう言う。
「それじゃあ、仏様の元で生まれ変わって、次会った時はまた友達になってね」
 すると、ソンメルソさんが顔を赤くして、小声で呟く。
「あの……友人じゃ無くて、出来れば恋人……」
 その言葉に、悠希さんはソンメルソさんの頭を撫でて優しくこう言った。
「うん。そうだね。
でも、まずは友達からじゃ無いと判断しにくいから、友達からが良いな。
それで、お互い好きになったら、恋人になろう」
 ぼろぼろと涙を零すソンメルソさんに、仏様が声を掛ける。
「それじゃあソンメルソ君、早速成仏しようか。
成仏した後も転生するのに準備が要るし、善は急げよ」
 何も言葉に出来ないまま、何度も頷くソンメルソさん。
仏様が俺達に手を振って、ソンメルソさんを連れて天へと昇っていく。
 ああ、これで彼は救われたのだと、安心感に包まれた。
 ソンメルソさんが成仏して一年程経った。
美言さんに依頼された仕事を片付けられたと報告した時は、非常に喜ばれたな。
今でも紙の守出版に偶に出入りしているのだが、こんな話を美言さんがしてきた。
「悠希さんの小説、本当に売れ行きが良くてビックリしています。
執筆スピードも結構早いから、色々なシリーズを書いて貰ってるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「しかも、当社から出している小説は二次創作フリーなので、偶に同人誌なんかも送られてきますね。
流石に悠希さんに見せたらショックを受けそうな本もありますけど、問題なさそうなのは悠希さんにも見せてたりします」
 そう、悠希さんは無事に小説家デビューを果たし、それなりに順調な日々を送っている様だ。
 首からロザリオを下げた美言さんの話を暫く聞いた後、美言さんの上司の口げんかをBGMに紙の守出版編集部を後にする。
今日はこの後、カナメと美夏さんとの待ち合わせだ。
 紙の守出版編集部から本屋街へと移動し、大通りに面した本屋の前で二人と落ち合う。
今日は俺の方が少し遅れて待ち合わせ場所に着いた。
 今回なんで本屋街で待ち合わせをしていたのかというと、カナメが最近はまっている小説を買うために、大きい本屋に行きたいと言っていたからだ。
 美夏さんは勿論、カナメもフリフリでこそ無いものの可愛らしい女の子の服を着ている。
はぁ、もう、可愛いなぁ……
 でも、俺もだいぶ前にフラれてる訳だし、他の女の子探さなきゃな。
そう思って悠希さんや匠ちゃんに紹介はして貰うんだけど、やっぱりカナメの事が諦められなくて。
もういっその事、あの美しい思い出と一緒に、一生独身で居ても良いかなとも思う事もある。
「そう言えばカナメ、どんな小説買うつもりなんだ?」
「え?
あの、紙の守出版って言う所から出てる小説なんだけど、悠希さんが書いてるって言ってたやつ買おうと思って。
他のシリーズも買って読んでるんだけど、どれも面白いんだよ」
 そう言って笑顔を見せるカナメに、美夏さんがこう言う。
「私が出張で居ない時、それ読んで寂しいの我慢してるんだよね」
「う、うん」
「なんだよ~。
寂しい時には頼ってくれないと俺が寂しい~」
 カナメと美夏さんは、実はまだ結婚はしていない。
美夏さんは結構収入があるらしいのだが、カナメがほぼ収入が無いと言って過言では無い状態なので、結婚資金がなかなか貯まらないという。
 カナメの親は、カナメの分の結婚資金は負担すると言っていたらしいのだけれど、毎月仕送りをして貰っているのだから、それ以上は貰えないと言って断ったのだそうだ。
だから、カナメは色々な生活費を切り詰めて、美夏さんと共同で作った銀行口座に毎月一定額を入れているそうだ。
 不平等が無いように、美夏さんもカナメと同じ額を入れているそうで、カナメのペースに合わせているから目標金額までの道のりが長いという。
 俺は正直、カナメと結婚するという美夏さんに嫉妬していた。
でも、カナメの幸せの事を考えたら二人を引き離す事なんて出来なくて、でも手助けをする程の気概は無くて、ただただ、三人揃って友人という関係を保っている。
 本を見ながら、そろそろ貯金が貯まるねなんて、美夏さんと話すカナメ。
そうか、この二人、もうすぐ結婚するのか。
 少しもの悲しさを感じながら、それを誤魔化すように本を手に取る。
ページを捲っても内容が頭に入ってこない。
ぺらぺらとページを捲る作業だけをしている俺に、カナメが話しかけてきた。
「そう言えば、勤は悠希さんからあの話聞いた?」
「え? 何の話?」
 話しかけられた事に少し嬉しさを感じながら返事を返すと、こんな話をされた。
何でも、悠希さんが小説家デビューする際に紙の守出版編集部に行ったらしいのだが、その時にズラッと黒服の男達が取り囲んでいたらしい。
悠希さん曰く、出版社の人が雇ってる警備員の人かな? との事だったらしいのだが、実は俺はその話の内情を知っている。
その黒服の男達は、紙の守出版が雇った警備員では無いと言う事を美言さんから聞いている。
では一体何だったのか。
実は、あの黒服達は悠希さんの身を案じた聖史さんが、詐欺対策として付けた物なのだ。
 美言さんが黒服の事情を知っていた訳では無く、悠希さんの除霊完了の報告を聖史さんにもしたのだが、それ以降偶に悠希さんの事を気にしている聖史さんから電話が掛かってくる事が有り、その中のある時に、聖史さん本人から聞いた。
 美言さん本人としては、あの時は怖くて仕方なかったんですから。との事。
しかし、俺が紙の守出版に出入りしている事はカナメに言っていないので、へぇ、そんな事が有ったんだ。と言う反応を返さざるを得ない。
 ふと、疑問に思った事をカナメに訊ねる。
「カナメって確か、一時期小説大賞に応募してたよな。今でも続けてるん?」
 するとカナメは少し寂しそうに笑って言う。
「ううん、流石に毎回毎回大量に書くのは息が続かなくて。
今はもっぱらホームページで二次創作してる」
「うん、そっか。ちょっと残念だな」
 俺がそう返すと、カナメは唇を尖らせ、笑って言う。
「なに?
勤は僕に小説家デビューして欲しいの?」
 だめだ、俺、カナメのこの表情に弱いんだよな。
少し顔が熱くなるのを感じながら、カナメに言う。
「だって、お前昔からずっと小説書いてるじゃ無いか。
それが実を結んだって良いと思うんだけどな」
「そう?
でも、今やってるホームページでも結構読んでくれてる人居るし、そう言う意味では実を結んでるんじゃ無いかな?」
「そうなん?
まぁ、お前が満足してれば良いか」
 そんなたわいの無い話で笑い合う。
こんな些細なひとときが、高校の時からずっと積み上がって、沢山重なって。
 何時だったか悠希さんが言ってたな。
『友達とか恋人とか、そんな言葉じゃ言い表せない強い絆なんじゃないかな』
 俺とカナメは、友人や恋人を越える絆で繋がれているんだろうか。
もしそうだったとしたら良いななんて思いながらも、カナメに訊ねる事は出来ない。
 俺がぼんやりと考え事をしている間にも、カナメはお目当ての本を抱えてレジに向かう。
 ふと、美夏さんが俺に話しかけてきた。
「私ね、勤さんの事がうらやましいって思った事有るの」
「え? なんで?」
 美夏さんの突然のその言葉に、思わず戸惑う。
「だって、カナメったらすぐに勤さんの話を出すのよ?
高校の時どうだったとか、この前会った時どうだったとか。
そんなに勤さんの事を見てるんだなって。
私ね、不安になってカナメに訊いた事があるの。
本当は勤さんの事が好きなんじゃ無いのって」
 まさか美夏さんがこんな不安を抱えているなんて思わなかった。
だってカナメの奴、俺と会う時は美夏さんの話ばっかりするんだぞ?
 意外に思いながらも、美夏さんにその時どんな答えが返ってきたのか、ドキドキしながら訊ねる。
「『それは無い』ってあっさり返されちゃった」
「あ、うん、やっぱり」
 改めて恋心を完全否定されると、やはり気持ちが沈む。
そんな俺の様子に気付く事も無く、美夏さんは言葉を続ける。
「でもね、私も勤さんも、同じくらい大事な人だって、そう言ってた。
だから天秤に掛けさせないでって」
「……そっか、あいつらしいな」
 暫く美夏さんとそんな話をしている内に、カナメは本の会計を済ませて戻ってくる。
「今日の用事はこれだけか?」
「目星付けてたのはこれだけだけど……」
「あ、私古本屋さん見たい」
「古本屋か、よっし、古本屋行こうぜ」
 本当に、ああ本当に、こんな日が何時までも何時までも続きますように。
よし、今度この願掛けしに紙の守出版編集部行こう。