目をさますと、部屋は暗くて、私はもこもこの毛布にくるまっていた。
 ゆっくりと身を起こす。
 自分の部屋の、自分のベッドじゃ、ない。彼の家のでも、ない。
「……あ」
 思い出した。ソファでそのまま寝ちゃってたんだ、私。ていうかこの毛布、だれの……?
「お、折原くんっ」
 びっくりして一気に頭がクリアになった。
 ソファに横たわっている私のちょうど腕のあたり、毛布の上に頭をもたれかけて、折原くんが寝ているのだ。
 私が大きな声をあげたものだから、折原くんはびくっとからだを震わせて、ぱちりと目をあけた。
「あ。陽乃さ……、って、わあああっ! 寝ちゃってた!」
 折原くんは、大きくのけぞって、ソファから離れた。
「え。えと、毛布。折原くんが……?」
「は、はい」
「……ありがとう……。いま、何時……」
「えっと……。野村さんが帰ってきたのが一時ぐらいだったから……。それからしばらくここにいて、……うーん……」
「帰ってきたんだ、野村くん」
「でろんでろんに酔ってました。玄関で倒れこんじゃったから水を飲ませて部屋に運んで」
「ぜんぜん気づかなかった……」
「陽乃さん、すごい気持ちよさそうに寝てたから。だからおれ、ずっと見てて……」
「み、見てて?」
「ち、ちがっ! 見てません見てません見てませんっ!」
 何度もはげしく首を横に振ったあと、折原くんはちょこんと正座してうなだれた。
「……すみません……」
「なんであやまるの?」
 へんな折原くん。
 私は、思い切り伸びをした。はやく部屋に戻らないと。その前に歯磨きしよう。
 くしゅん、と。折原くんがくしゃみをした。
「やっぱり風邪だ。ごめんね、私のせいだ」
 何から何まで、申し訳ない。
 ゆうべ、ごはんをつくってくれたこと、だまって泣かせてくれたこと、ほんとうに嬉しかった。
「だいじょうぶです。ぜんぶ、おれがやりたくて、やったことだから」
「折原くん」
「はい」
「私ね。今まで、折原くんのこと、かわいい弟みたいに思ってたけど、ちょっと印象変わった」
「……ど、どんなふうに……?」
 折原くんは、きっかり正座したまま、両ひざのうえでぐっとこぶしをつくって、ピンと背すじを伸ばした。
「弟というより……。お母さんみたいだよね」
「お、お母さん……」
 あれ? なんでそんな、ごほうびをとりあげられた犬みたいな顔してるの?
「あー。なんだか急に、ジェシーに会いたくなっちゃった」
「ジェシーって」
「実家で飼ってる犬」
「…………部屋、戻ります。寝ます、おれ」
「おやすみなさい。ほんとに、ありがとう」

 こんどの連休に帰ろうかな、と思った。忙しくて、ずっと帰省してなかったし。
 折原くんに料理を教えてもらって、家族に振る舞ってみようか。たまには親孝行もしないとだし。
 料理、か。
 今まで興味がなかったけど、始めてみるのもいいかもしれない。恋は裏切るしいつかは終わってしまうけど、趣味は一生続くものだし。
 とびきりの美味しいごはんを、自分のために、そして、時にはだれかのためにつくって、味わうこと。
 想像すると、それは、すごく素敵なことのように思えた。

「折原くん、こんど、おいしいたまごやきのコツ、教えてね」
「コツは、ひとつだけです。あるものを入れるんです」
「あるもの? って、なに?」
「内緒です! じぶんで考えてください! じゃ!」
 真っ赤になって眉をつりあげる折原くん。
 あれ? 私、何か怒らせるようなこと、言った?
 きょとんとしている私から目をそらし、折原くんは、そのまま、どたどたとリビングを出て行ってしまった。
「……あ。毛布」
 返しそびれてしまった。
 こまめに干しているんだろう、その毛布はふかふかで、おひさまのにおいがした。
 もう一度、くるまってみる。
 なんだか、すごく、あたたかかった。