「眼鏡かけたら出来る女に見えるかな……」

無意味なひとり言を呟きながら、大きな病院の前を通過。
信号を渡ってすぐ角に、家族経営の小さな美容院があり、そこを右に曲がると衣都の住むマンションがある。

築二十年の茶色い八階建てマンション、階段を上って二〇五号室の鍵を開けた。


「ただいまー」


疲れたというよりも、やっと靴が脱げたという開放感で声が高くなる。

短い廊下を抜けてリビングへ行くと、祖父がこたつに入りながらテレビを見ていた。
彼は衣都の母方の祖父で、野田(のだ)(ひろし)


「お帰り」

「あー、ちょっとおじいちゃん! お煎餅食べながら振り向いたらかすがこぼれるよー」


お煎餅を手に持っていた弘は、「こぼしとらん」と言いながら衣都に背を向け、ささっとこたつ布団をはたいている。

そんな子供のような祖父の姿に笑みを漏らしつつ、衣都は玄関の右側にある自分の部屋へ入った。


脱いだスーツをハンガーに掛けながら、就活のために買ったこの戦闘服を、あと何回着なければいけないのだろうかと考えていた。