去っていく男性の背中を眺めながら、つい今しがた聞こえた言葉を思い出す。


ハッと目を見開いた衣都は、民家の方に再び体を向けた。


縁結堂と書かれた表札のような物が看板だとしたら小さすぎるし、お店のようにはまったく思えない。

でも『ありがとうございました』と中から聞こえたし、ご馳走様ということは……もしかしたらここは何かの食事処なのかもしれない。

理由は分からないが、無性に入ってみたいという衝動に駆られた。


覚悟を決め、そっと戸を引く。


一歩中へと足を踏み入れると、紺色ののれんが衣都の前髪を揺らした。

中にのれんが掛けられていることを不思議に思いつつ、右手でそれを避け、恐る恐る顔を上げる。


中は想像していたよりも狭く、左側の窓際には四角い小さな二人掛けのテーブルが三つと椅子、奥の棚には観葉植物や小物、置物などが並べられている。


反対側に視線を移すとカウンターがあり、背もたれのない椅子が四つ。天井からは、花の絵が描かれている和紙のようなものが貼られた丸いライトがいくつか吊るされていた。


カウンターの中はキッチンになっていて、コーヒーメーカーやジューサー、ガラスの瓶が見える。



――やっぱり、お店だったんだ。