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弘が知人と会うために外出した三十分後、衣都も戸締りをして家を出た。


オレンジ色のママチャリに乗って病院の前を通り、その先にある中山道沿(なかせんどう)いを埼玉方面に向かって走ると、長い下り坂が続く。

緩くブレーキを掛けながら風を切って走った。


「寒っ!」


十二月に入った途端、冬の寒さが身に凍みる。

黒いダウンは軽くて薄手の割にとても暖かいのだが、首元が無防備だった。

マフラーを巻いてくればよかったと後悔しながら坂を下り、コンビニや和食レストラン、新しくオープンした美容院などを横目にしばらく真っ直ぐ進むと、中山道と交差する大通りの信号を渡り、左に曲がった。


片側二車線の通りの先にはスーパーや飲食店などが数多く並んでいる。

そんな中、衣都は小さな蕎麦屋の前で自転車を停めた。

見上げると、赤い看板に大きな文字で『やぶ(きゅう)』と書かれている。

弘と一緒によく食べに来るのだが、ひとりで訪れるのは初めてだ。


引き戸を開けて中に入ると、十三時を過ぎたところなので混雑していた。


「いらっしゃいませ」