衣都にとって家族は、祖父の弘しかいない。


小学校三年生の時に事故で両親を亡くした衣都は、祖父母に育てられていた。

祖母が他界した三年前からは、祖父とふたりきり。

優しくも厳しい祖父母の愛情を受け、両親のいない寂しさに負けず成長した衣都にとって、祖父は誰よりも大切な存在だ。


「やめてよおじいちゃん。冗談でもそんなこと言わないで」

努めて冷静に、言い返した。


「冗談なんかじゃない。衣都が幸せになる姿を見ることが、最後の願いなんだよ」

「おじいちゃん……」


衣都の心の中には、不安しかなかった。

結婚がどうとかではなく、この先いつか訪れるであろう祖父との別れ。

祖父がいなくなってしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。
その先に、自分の幸せを見出すことができるのだろうか。


普段はとても明るく冗談も言い、若者ぶったり流行りの言葉を覚えて事あるごとに使ったり。弘はそういう祖父だ。

いつか必ずくる別れの時まで、いつまでも祖父には笑っていてほしい。

好きな人と結婚した姿を見せてあげること。それが祖父の幸せなのだとしたら、願いを叶えてあげることが自分の幸せにもつながるのかもしれない。


「分かったよ……頑張るから、おじいちゃんはとにかく体に気をつけてよ」


けれど、そう答えるしかなかった。

祖父のためにできることならなんでもしたいが、結婚となるとそう簡単なことではない。