「へー。気を付けて行ってきてね」

祖父と自分のお茶をテーブルに置き、こたつに入って冷えた体を温める。


「それはそうと……あれはどうなった?」

お茶に手を伸ばしながら、弘が問いかけた。


「あれって?」

キョトンと首を傾げる衣都に向かって、弘は目を細める。

そして正面に座っている衣都を見つめた。


「け・っ・こ・ん」


一語ずつ強調するように言った弘に、衣都は眉をへの字に下げて困ったように「う~ん」と唸る。


『結婚しないのか』という言葉は、もはや弘の口癖だ。

大学在学中から言われていて、その度に衣都は『いつかはする』『したいよねー』『相手がいれば』と上手くかわしてしていた。


今もまた、いつものように適当に返事をしようと思ったのだが……。


「私も、もう八十だ」


悲しそうにしぼんだ弘の目を見て、言おうとしていた「しつこい」という言葉を飲み込んだ。


「いつ死ぬか分からん」


その瞬間、動揺と悲しみと不安、そしてその言葉は決してあり得ないことではないのだと、大きく揺れる心臓が伝えてきた。