トントントン、玉ねぎを微塵切りにする。この作業、目に玉ねぎエキスが飛んできて涙も鼻水もだらだら垂れてくるからたまったもんじゃないけど。
「ひゃー!やっぱ好きになれないよアンタ」
玉ねぎに語りかけながら、途中で小休憩を挟みつつ、それでも私は料理に立ち向かう。

やっとの想いで切り終えた微塵切り玉ねぎをボールにいれ、パン粉と混ぜる。それからひき肉を放り込みその上に卵を割ってぶち込む。

「おりゃ!」と掛け声で両手をボールに突っ込み勢いよく全ての材料をぐっちゃ、ぐっちゃ練る。粘りけが出るまでね。

そして程よい量を手に取り丸く形を整え、真ん中をおへそみたいにへこませる。これでタネがひとつ完成。私はもうひとつタネを作る。


「このままでも食べれそうよね」

私は〈アイツ〉が聞いたら『さくらちゃん!お腹いたくなっちゃうよ生肉は!それはマズい、非常にマズい、俺お義父さんに殺されちゃうよ』なんて言い出しそうなことを呟きながら、コンロに火をつけてフライパンを熱する。

そして〈アイツ〉が『見てさくらちゃん!これ珍しくない?なんかすごいヘルシーらしいよ、油なのにヘルシーって画期的だよね!へへ!』とかなんとか言って買ってきたオリーブオイルをフライパンに垂らした。

そしてタネをふたついっぺんに熱々のフライパンに並べ、こんがりと焼いていく。お肉のジューシーな香りが鼻腔を擽り、お腹がぎゅるると生き物みたいに鳴った。表面が焼けたらひっくり返して、裏面も同じように焼く。そしてフライパンに蓋をして、コンロの火を弱め10分蒸し焼きにする。






丁度蓋をしたところで、ガチャリと玄関が開いた。
あ、〈アイツ〉が帰ってきた。
私はタイマーを10分にセットしながら耳を澄ませてキッチンに立っている。
足音と共に「いいにおい!わー!」とはしゃいだ声も聞こえてきた。



「さくらちゃんただいまあ!」



背中がずしんと重くなって、暖かくなった。


「おかえり有志くん、早かったねえ、まだごはん出来てないよ空気読んでよ」
「ひどい!急いで仕事終わらせて帰ってきたダーリンにその言い方はないよハニー!」
「それより動き辛いから離して欲しいなダーリン」
「えー………あっ今日ハンバーグ?ねえこれハンバーグだよね!俺匂いでわかったよ!」


有志くんは私の肩に顎を乗せだして、全然離す気はなさそうだ。あ、有志くんは私の旦那さんである。

「火使ってるから危ないよ」

そう言えば、有志くんは「あ!そっかごめんね!」そそそと離れて私の隣にぴったりくっついた。なんか大きい子供みたいだなあ。


「あと5分くらいで出来るからね」
「うん、いつもありがとうねさくらちゃん」


有志くんはフライパンを見ていた顔を私に向けて、にこーとだらしなく笑った。私はちょっと心臓あたりがこそばゆくなって、なんてなくその柔らかそうな髪をぱしっと軽く叩く。

「へへ、可愛いー」
近づいてくる有志くんの顔を両手でぐいーっと押し返す。もう、すぐキスしようとするよね。

「えーなんでー」
「料理中は危ないから駄目!」
「んーわかった……早く出来ないかなハンバーグー」

有志くんがじれったそうにタイマーを見つめる。あと3分。
私は内心墓穴掘ったあー!と頭を抱えていた。だってあと3分経ったら……………。
どこ、どこ、どこ、と心臓の音がはっきりと聞こえ出した気がした。