今度はいったいなんだ……っていうか、誰だ。
声の主を探すと、その人はにっこりと人当たりのいい笑顔を作ってこう挨拶した。
「はじめましてこんにちは、死神です」
白いキャソックのような服と長いストラを身につけて、死神というよりも聖職者、もしくは天使のような、人畜無害な顔をした妙な男は格好にそぐわない丸眼鏡を人差し指の甲で上げていた。
「あ、あんた……誰?」
二重幅の広い眠そうな目に、高すぎず低すぎずな鼻、少しだけ上がった口角と色白な肌。ひとことで言えば童顔だ。一見、中学生……いや、高校生くらいにも見える。
ただ話し口調も相まって、意外と年を取った大人というふうに見えなくもない。とにかく年齢不詳だ。
丸みを帯びたクリーム色の明るく短い髪がどこか取っつきやすそうな印象を与えるが、そのみょうちきりんな格好と男のいる場所が空中なものだから、どこかファンタジー感が否めない。というか、この状況が現実なのかさえ疑わしいんだが。
「申し遅れました、僕は千々波といいます。一週間後、あなたの命を狩ることになっている死神兼死後案内人です」
「し、死神ぃ?」
眉間に深くシワを刻み、俺は大きく首を傾げた。その不思議な男の後ろではなぜかフェンスも元通りになっていて、何度か目を瞬いたあと、思いっきり自分の腕の傷を叩いた。
「いっ……た!」
「わざわざ確かめなくても現実ですよ」
そう言って、死神と名乗った男――千々波は俺の前まで近づいてくる。
「なんなら、あなたの生涯経歴を述べましょうか?」
「生涯経歴……?」
眉根を寄せたまま続ける俺に、男は指を動かし半透明の青みがかった紙を宙に出すと淡々とそれを読み上げた。
「潮見渚。七月二十四日、午前三時二十五分。早産児として生まれ、心臓に疾患を抱える。家から徒歩七分ほどの『すみれがおか幼稚園』に通い、そのまま『鹿木原小学校』、『鹿木原中学校』へ順調に進学するも、疾患が進行し入院。適度な運動さえ制限がかかり、退院した頃には身体の自由度が下がる」
ちょっと待て、いったいどこまで筒抜けなんだ。
余計なことを話される前に制止しようと思ったが、事務的に動く男の口は止まらなかった。
「高校は徒歩三十分圏内の『浜辺野高等学校』に進学。現在は高校二年生。血液型はAB型。星座はしし座。母親は小学校四年生の頃に他界し、現在父親と大学三年生の兄と三人暮らし。好きなものは特になし。嫌いなものは不公平なこと。幼い頃からの想い人は、同級生の牧瀬ほな――」
「な、なんっで!?」
遮るように大声をあげれば、男はその優しげな笑みを深めて「だから言ったでしょう?」と指を立てた。
「死神ですって」
「…………」
とてもじゃないが俄かに信じがたい。しばし思考を停止させたあと、俺は口元を引くつかせた。
「もしもそうなら、なんだ。あんた、俺を殺そうってのかよ」
「まあ、結論はそうです」
「じゃあ、なんでさっきわざわざ助けたりしたんだ?」
だって命を狩りに来たなら、フェンスごと俺を突き落としてしまえばよかったじゃないか。
訝しい目でじとっと見上げれば、男はにっこりと表情を崩さずに続けた。
「ああ、それは今日があなたの死亡予定日ではないからですよ」
「は?」
いったい、どういう意味だ。
首を傾げた俺に、死神は目を半円に保ったまま人差し指を立てる。
「あなたが死ぬ正確な日付は、今日から七日後のちょうど〇時ぴったりの時間になります」
「え……どういうことだ?」
「困惑するのも仕方ないです、最初は皆さんそうですから」
さも世間話でもしているようなものの言い方に、少々腹が立った。
俺の理解が追いついていないのを察しているはずなのに、どうしてもっと待ってくれようとしないんだ。
「わけがわかんないんだけど……え? 死神って寿命とか関係なく目の前に現れるものなのか?」
「二パターンですね。死ぬ瞬間に命を狩りに行く死神と、事前に予告をしてあげる死神と。最近の死亡システムは特殊なので、こういった手法をとる死神は珍しくないんです」
「し、死亡システム……?」
まったく不釣り合いなニュアンスだ。死亡とシステムがくっつくだけでこんなに違和感が働くものなのだろうか。