【七月十七日、水曜日。今日はそこそこ天気が悪い。
もしも俺が死んだら、この日記はよくあるドラマや映画のように誰かに読まれることになるのだろうか? いや、それは恥ずかしいから死ぬ前には必ず処理をしよう。
もしも俺がうっかり忘れていてまだこの日記が存在しているなら、見世物にはせず捨ててほしい。これは、この日記に目を通してしまったあなたへのお願いだ。
さて、今日はまず人生で一番奇妙な一日だった。
屋上から落ちて死んだと思ったら、変な死神に会ったんだ。丸眼鏡ののほほんとした感じの男だった。死神ってもっとこう化け物みたいな黒ずくめってイメージだったけど、まさにその真逆だった。
その死神曰く、俺の命はどうやらあと七日しかないらしい。いや、もうすぐ〇時を回るからあと六日か。
頭のおかしいことを書いているようだけど現実だ。
とにかく残りの命を悔いのないように過ごしてほしいんだと死神は言っていた。信じなくてもいいけど、実際俺が七日後にこの世にいなかったら多少は信じてほしいかな。
それから、帰り道に牧瀬帆波と会った。話したのはあまりに久しぶりで少し緊張した。
しかもそのあと、死のうとしているところを止められてしまった。すごくダサいし恥ずかしい。
あんなふうに彼女が感情的になっている姿を、久しぶりに見た。驚きと後悔で胸が苦しかった。まさかあんな悲しい笑顔を――】
「笑うんだな、あいつも……」
「だから言ったでしょう? 予定外なことはしないでくださいって」
ぼーっとしていたところに急に声をかけられ、紙に押し当てていたペンが思いっきり罫線をはみ出してしまった。
「っな、あんた!」
「また勝手に命を落とそうとしましたね? まったく……何度も繰り返しますが、今魂になっても受け入れ口がないんですって」
「どうしてここに!?」
「だって実体はないですから。死神はどこにだって現れますよ」
自分の斜め後ろ上に浮遊した男は、にっこりとこちらに笑顔を向けていた。俺はドッドッドッと心臓を鳴らして、「はぁ?」とろくな反応ができなかった。
びっくりした。なんで何食わぬ顔で人の部屋に入り込んでいるんだ。というより、柄にもない行動を見られてしまったことが死ぬほど恥ずかしい。最悪だ。
「それが、あなたのやり残したことですか?」
「え……?」
手元を覗き込まれ、俺は遅れて死神の視線を追った。隠そうと思ったが寸秒で無駄だと悟り、あきらめたように手の動きを止める。
どうせこの男、大分前からいたに違いない。
「彼女のために残り七日間を過ごすんですね」
「だって、あんたが!」
「千々波です」
「……ち、千々波が、俺が死ぬのを止めたから。未練なんて特にないのにさ……。だから仕方なくだよ。仕方なく、残り七日間をあいつのために過ごすことにした。悪いかよ」
唇を突き出し、俺はもごもごと言いよどみながら顔を逸らした。
認めたくなかったのだ。結局やり残したことがあったんじゃないかと、この男にバカにされてしまう気がしたから。
「いいえ。まったく。残りの時間の過ごし方は人それぞれですから」
しかしこちらがいくら警戒していようが、千々波は気が抜けてしまいそうな笑顔で笑っていた。そして俺の日記を眺める姿はやっぱり死神には見えなかった。
「彼女、笑ってくれるといいですね」
千々波は、どこか不満そうな俺を横目にそうゆっくりとつぶやいた。
【――まさかあんな悲しい笑顔を彼女がするとは思いもしなかった。
俺にはやり残したことはないと自負していたにもかかわらず、まさかあの表情ひとつで自分の気持ちが簡単に翻るとは。もしもあのまま死んでいたら、あいつにあんな悲しい笑顔をさせてしまったことを後悔していたかもしれない。
残り七日間なんて、正直できることは限られているけど……。
俺は、彼女を笑顔にする七日間にしたい。
彼女を笑わせることが、俺の最後の夢だから】
乱雑に文を羅列した日記を閉じ、机を離れて俺はベッドの上に横になった。無意識に心臓を押さえて天井を見上げる。
こうして、俺の最期の七日間は、奇妙な死神と、彼女の悲しい笑顔と、俺の不慣れな日記から始まった。